第3章 統合失調症の症状                   次頁  総合案内


第1節 陽性症状


陽性症状

 前章でNMDA受容体とGABAについて基礎的な知識を得たので、この章は、統合失調症の各種症状
(陽性症状 認知機能障害 陰性症状)の発生機序を説明します。最初は陽性症状から。

まずはドパミン仮説を振り返ってみます。統合失調症に関連のある「ドパミン神経細胞と投射先」のうち陽性症状に関する経路は中脳辺縁系で、この経路を多量の電流が流れることにより陽性症状が生じるということでした。ただし、なぜ大量の電流が発生するのかについては触れませんでしたが、これを補足するのが統合失調症のグルタミン酸仮説です。



(GABAを介したシステム)

 実は、グルタミン酸系とドパミン系は連結していて、その間に
※1   GABA神経細胞が介在するシステム」(下図)があるとされています。

 グルタミン酸神経細胞→GABA神経細胞→ドパミン神経細胞です。これは、GABA神経細胞上にNMDA受容体が、またドパミン神経細胞上にGABA受容体があることを意味します。統合失調症のグルタミン酸仮説はNMDA受容体が阻害されていることを前提としているので、GABA神経細胞上NMDA受容体は機能せず(つまり興奮作用がない)、結果として神経伝達物質のGABAはドパミン細胞に放射されません。そのため、GABAドパミン神経細胞のGABA受容体に結合できず、ドパミン神経細胞は抑制作用(過分極)が働かない状態になります。抑制作用を受けないドパミン神経細胞は電流を過剰に流すので、中脳辺縁系は過覚醒の状態になり、これにより妄想や幻覚などの陽性症状が生じるとされています。


via gaba

統合失調症の病態メカニズム 上里彰仁 西川徹



 統合失調症の陽性症状は急性です。ところが、上記のGABAニューロンを介在させるシステムの効果は連続的(緩徐)と考えられます。NMDA受容体の機能不全が徐々に進行し、比例してドパミンも増えていくイメージです。これは足し算の感覚ですが、一方の急性症状は掛け算的な量の拡大と、さらには質的な変化を伴っています。まさにルビコン川を渡るです。したがってそこには、何か質的に違う変化が付加されているものと考えられます。それは何か? 色々と文献を読んでいく中で、二つの可能性が見つかりましたので紹介します。ただしこれはあくまで著者の予想です。



(カルシニューリン)

グルタミン酸神経細胞とドパミン神経細胞を連結させるシステムは、上記のGABA神経細胞介在型の他に、下図上のような、GABA神経細胞介在するシステムとグルタミン酸が直接ドパミン神経細胞へ放射する、並立システムであると思えます。これが正しければ、ドパミン神経細胞上には種々の受容体が存在することになります。例えば、NMDA受容体 AMPA受容体、GABAA受容体などです。これらの受容体が揃うと、カルシニューリンによるGABAA受容体の側方拡散という事象が生じ、GABAA受容体の抑制性が失われる可能性が生じます。

 下図②をみて下さい。ドパミン神経細胞上にNMDA受容体GABAA受容体があります。ここでNMDA受容体のチャネルが開きCa2+が流入するとカルシニュリンという酵素の働きによってGABAA受容体は移動(側方拡散しやすくなります。これに対してGABAB受容体(代謝系グルタミン酸受容体)は、GABAA受容体を固定する力が働きます。

 両者の働きが均衡すればGABAA受容体が固定され抑制性の機能が働きますが、さらなるCa2+流入とカルシニュリンの活性化によりGABAA受容体は移動(側方拡散)し、神経伝達物質gabaの受容体への結合ができなくなります。そのため、ドパミン神経細胞は抑制作用がきかなくなり過剰にドパミンを生成して中脳辺縁系へと投射してしまい、陽性症状が生じます。


下図が分かりづらいので補足します。GABAA受容体は港に停泊している貨物船とイメージすると分かりやすいです。貨物船は海に浮かんでいるので固定されていません。

 何らかの理由で出航(前述の側方拡散)すると、貨物の積み下ろしができなくなる。これがカルシニューリンによる側方拡散です。


         calcineurin

統合失調症とカルシニューリン



kcc2

GABAは抑制性の神経伝達物質です。GABAが受容体に結合するとクロールイオン(マイナスイオン)が細胞内に流入し、電位をマイナス方向に下げて脱分極を防ぎ、情報伝達を抑制するということでした。ここで確認したいは、クロールイオンが細胞内に流入するのは、細胞内のクロールイオン濃度が低くて、イオンチャネルが開くと濃度の高低差でイオンが流入するためです。そしてこの機能を維持するため、KCC2というイオンポンプが働いてK+とCl-を細胞外へ排出するシステムが働いています。

 ところが、KCCの機能が阻害されるとクロールイオンを排出できず、細胞内のクロールイオンの濃度が高いままになります。そこに、イオンチャネルが開くと今度は逆にクロールイオンが細胞外へ排出され、細胞内の電位はプラス方向に働きます。これは、GABAが抑制性から興奮性の神経伝達物質に機能転化することを意味しています。

 ※1  この状態ではドパミン神経細胞への抑制が全くきかず、過剰なドパミンが生産されて大脳辺縁系と投射され、陽性症状を引き起こすかもしれません。


※1 発達に伴う KCC2 の脱リン酸化が GABA による抑制力と生存のカギとなる 浜松医科大学

 

kcc2

coffee blake

急性症状はなぜいけないのか?


   急性症状の最大の問題点は、「その後の再発が起こりやすくなる」ことです。統合失調症は再発が起こりやすく、再発を繰り返すうちに治療抵抗性、つまりは難治性の病態に変化してきます。

  この病状の多くは、ドパミン過感受性精神病(DSPによるもととされ、抗精神病薬によるドパミンD2受容体のアップレギュレーションに起因すると考えられています。アップレギュレーションとは、ドパミンに対する過剰反応で、受容体の数の増加や感受性の増大を伴います。

  そしてこのDSPは高容量の抗精神病薬の使用と、ドパミンD2受容体の(プロモーター領域上の)一塩基多型(Delアレル)保有者であることによって、有意に発生確率が高くなるようです。遺伝子変異の一塩基多型のオッズ比(なりやすさ)はせいぜい1.2倍程度とされていて、Delアレルもおそらくその程度のオッズ比なのでしょう。それが、パミン過感受性精神病(DSPにおいては高確率で発症に結びつく原因遺伝子となってしまうのです。

  統合失調症の急性症状がなぜいけないのか。第一にそれによって顕在発症とみなされること。そして、第二にDSPという関連する病気のトリガーとなってしまうことです。