俺と彼女が公園でデートをしている時に、その女の子は俺たちの前に現れた。
「あっママ! ここにいたのね」
突然、その子が彼女に向かってこう言ったので、俺はびっくりして彼女の顔を見た。
「キ、キミの子かい?」
「ま、まさか! じょ、冗談よ。バカね」
あまりの突然の女の子の言葉に彼女は憤慨した顔になった。それもそのはずだ、どう見てもその子は三つか四つだし、俺と彼女のつき合いはそれよりはずっと長い。それに、彼女とのデートは月に二、三回は必ずしているから俺の知らない間に子どもをつくれるわけがない。
彼女は気分を取り直してその子に言った。
「ごめんなさい。私はあなたのママじゃないのよ」
何もあやまることはないと思ったが、俺はそんな彼女の優しさが好きだった。
しかし、その子はさらに俺の彼女に向かって言った。
「ううん、ぜったいにママよ。まちがいないわ」
俺は頭にきた。
「こらっ、いいかげんにしろ! 大人をからかうんじゃない」
「おやめなさいよ! 相手はまだ子どもよ」
たしかにそうだ。つい大きな声を出した自分が恥ずかしかった。
「ねえ、お名前は何て言うの?」
彼女は女の子に優しく声をかけた。
「わたし? サチコ。みんなサッちゃんてよぶわ」
「そう、サッちゃんていうの。可愛いわね」
いつのまにか彼女は女の子の手を握りしめていた。彼女がこんなに子どもが好きだったなんてちょっぴり驚いた。
「ねえ、サッちゃん。私の顔をよく見てごらんなさい。ママのお顔じゃないでしょ?」
女の子は彼女の顔をじっと見回した。
「ほんとだ。本当のママよりずっと若いわ」
彼女はほっとしたような顔つきで俺の方を見た。俺もなぜか安心したような気分になって、それに何だかこの子がかわいく思えてきて頭をなでてあげた。
「やれやれ、やっとわかってくれたか」
「ママも若いけど、パパも若い顔してる」
「なに?」
アハハッと声をあげて笑ったのは俺の彼女の方だった。
「今度は俺のことをパパと言いやがった」
俺はもう少しで、「お前、頭おかしいのか?」と言いそうになったが、ぐっとこらえた。何といっても相手はまだ子どもだ。真剣に相手をするとこっちがくたびれると思った。
「楽しい子ね。どこの子かしら?」
俺と彼女で辺りを見回したが、どこにもこの子の親らしいのは見つからなかった。きっとどこかで迷子になってしまったのだろう。そして、迷ってこの公園に来てしまったにちがいない。
「まあ、そのうちこの子の親もこの公園までさがしに来るだろう」
「そうね。かわいそうだから、それまでこの子と遊んでいてあげましょう」
俺と彼女でそんな話をしていると、その子はいつのまにか俺たちの座っているベンチの上にちゃっかりと腰かけていた。まったく近頃の子どもは図々しいというか、俺たちはあっけにとられた。しかし、俺も彼女も不思議とその子に親近感を覚えた。
「ねえ、サッちゃん。お家はどこなの?」
「わからない」
「そう、困ったわね。何かして遊ぼうか?」
「うん!」
女の子は大きくうなずくと、本当にうれしそうな笑顔を見せた。
「何して遊びたい?」
「ブランコ!」
そう言うと、その子は俺の彼女の手を引いてブランコの所までかけていった。そして、ブランコに女の子がとび乗ると、その子の背中を彼女が優しく押してあげた。知らない人が見るとそれはまるで本当の母子のようであった。
俺の彼女もけっこうそれを楽しんでいるみたいだし、俺にはそんな童心に返って無邪気に遊んでいる彼女がとても魅力的に見えた。時々二人でキャッキャッと声を出しながら本当に楽しそうだ。
しかし、一体これはどうなっているんだ。
「くそっ、今日のデートは台なしだな!」
俺はだんだんと腹が立ってきた。せっかくの二人きりのデートだったのだ。それをなぜあんなわけのわからない子どもに邪魔されなければならないんだ。
すると、女の子がこっちにかけてくるのが見えた。
「ねえ、パパもおいでよ。いっしょにあそぼう!」
「おいっこらっ、いいかげんにしろ。俺はおまえのパパなんかじゃないぞ!」と言いそうになったが、ブランコの方で彼女がしきりに手をふっているので、俺は仕方なく女の子の手の引かれるままについて行った。
「パパもつれてきたよ」
「アハハッそうね、パパも来たわね」
彼女は俺がパパと言われたのがやたらとおかしいらしく笑いころげた。
俺はまったくおかしな子だと思ったが、まあ仕方がない、ここは一つパパ役になってやるかと半ばあきれて女の子に言った。
「ようし!パパがこいであげるから乗ってごらん」
「うん!」
その子はうれしそうにうなずくと俺のひざの上にとび乗った。女の子の柔らかな肌が俺のひざに伝わって心地良かった。
「ようし、しっかりつかまってろよ。いくぞ!」
女の子はキャーと言いながらもうれしそうにはしゃいだ。俺は空が逆さまになるぐらいにこいでやった。ブランコがこんなに楽しいものだとは知らなかった。俺までうきうきとして、夢中になってこいでいた。
「ああ、たのしかった」
「そうね。ねえ、サッちゃん。今度は何して遊びたい?」
「うん。すべりだい!」
「そう、すべり台。じゃあ行きましょう!」
何のことはない、それから俺たち二人は、その子といっしょにすべり台やらシーソーやら公園中の遊具を全部遊ばさせられたのだった。
もう辺りも夕暮れて、公園には俺たち三人以外は誰もいなくなったみたいだった。
「ねえ、サッちゃん。楽しかった?」
彼女は女の子の手を握りしめながら優しい声でたずねた。
「うん、とってもたのしかった」
女の子は満足したようにこっくりとうなずいた。
「ありがとう、パパとママ」
まだ言ってやがると思ったが、まあそう思い込んでいるのなら仕方ないと俺たちは黙っていた。
「わたしね、ゆめ見ていたの。パパとママがとってもなかよしで、サッちゃんと公園でいっぱいあそぶの。だから…だからきょう……とってもたのしかった」
そう言いながら女の子は目から大粒の涙をこぼした。何かわからないけれどその涙を見て俺まで胸に熱いものが込み上げてきた。それは俺の彼女も同じだった。彼女も女の子の手を固く握りしめたまま涙があふれ出るのをこらえきれないでいた。
「わたしたちこそありがとう、サッちゃん。とっても楽しかったわ」
「うん、やっぱりママの言っていたことは本当だったね」
「ええっ?」
不思議なことをその子が言ったので俺たちは聞き返そうとしたがやめた。またこっちまでおかしくなりそうだったからだ。
「わたし、もう帰る」
「帰るって、あなたお家知らないんでしょ?」
「ううん、お家じゃないの」
「えっ、じゃあどこに帰るの」
「おい、やめとけよ。帰るって言うんだからいいじゃないか」
何だか薄気味悪くなって、俺は彼女に言った。
「パパ」
「ええっ?」
「ママが言っていたわ。パパが悪いんじゃないって」
またおかしなことを言い出すと、俺は思った。
「パパはお仕事でいそがしいからお家に帰ってこないんだって。そして、結婚する前は本当にやさしくて、ママをとっても愛してくれていたんだって」
「おい、おい待てよ。俺たちはまだ結婚なんかしてないぞ!」と言いそうになったが、なぜかその子が俺たちの本当の子どものような気がしてきて、言葉が出てこなかった。
「さようなら、パパ、ママ」
「サ、サッちゃん!」
俺たちは同時にその子を大声で呼んだ。すると、みるまに女の子の姿が消えかけていった。
「パパ、ママ。わたし、ちっともうらんでなんかいないわ。だってパパとママはこんなに愛しあっていたんだもん。ママ、本当に幸せだったんだね。……わたしをころしてまでもパパを愛していたんだね……」
女の子の姿が空気の中にすうっと消えた。
その女の子の消えた場所に小さな紙切れが残っていた。それは小さな新聞記事の切り抜きだった。
「サッちゃん! ……あなたは!……ゆ、ゆるして……!」
彼女はもう消えてしまっている女の子に向かってそう叫んだ。
俺には女の子の最後の方の言葉はよく聞き取れなかったが、彼女のゆるしてという声が耳に残った。それはまるで、俺の方にも向けられたような気がしたからだ。いや、むしろ俺もその女の子にゆるしておくれと、叫びたい気持ちだった。
もう、あの女の子はどこにもいなかった。
日が暮れた公園に俺たち二人だけが残った…。
あとがき
少女は過去に来た。
二人は未来を見た。
時をこえた愛がそこにある……
ある日、新聞に小さな記事が載っていました。
「若い母親が幼い子を道連れに無理心中を図る。夫に冷たくされ思い悩んでいたらしい……」
このショートストーリーはその記事をモチーフにしたものです。
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ある日どこかで…