| 2026年3月3日(火) |
| 第三次世界大戦に対処して |
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大海のうえを風が吹き荒れて 波をかきたてるとき
大地から他人の大きな難儀を眺めるのは 心地よい
ひとの苦しむのが 快く楽しいからではなく
わが身がどんな禍を免れているかを 知るのが心地よいからだ
また平原で展開される大きな激戦を
我が身の危険なしに 見るのも心地よい
しかし なににもまして甘美なのは 知者の教えによって
いや高く築き固められた 清澄な場に座して
そこから他の人々を見おろし 彼らが人生の道を
求めてはさまよい あちらこちらと踏み迷っているのを眺め
あるいは 才知を競い 出生の高貴を争い
夜も昼も なみはずれた労苦を重ねては
権力の高みにのぼり 世界を手に入れようと努めるのを 眺められることだ
――ルクレティウス「物の自然について 第2章」(岩崎允胤「ヘレニズムの思想家」より)
識者のあいだでは、第三次世界大戦はすでに始まっているというのが、ほぼ一致した意見のようだ。しかし今次大戦は、前二回の大戦とは違って、宣戦布告もなく、大国間や紛争中の諸勢力のあいだでの、世界各地での軍事的・外交的駆け引きが中心で、すぐさま全世界的衝突や、核戦争にまでは至らないという見込みではある。その直接的原因は、全面的核戦争になった場合の、人類そのものの消滅という危惧が、今のところ背景の抑止力となっているようである。
ロシアのウクライナ侵攻を端緒にして、今回の米国とイスラエルのイラン攻撃・指導者の殺戮が、すでにユダヤ・米国対イスラム諸国の全面的対立へと進み、これらのあからさまな侵略戦争によって、もはや世界のどの国がどの国を攻めても不思議ではない状況が生まれている。日本周辺では、中国が台湾奪還に乗り出すであろう。米国の台湾支援には、日本の軍隊も出動し、日本本国が何らかの攻撃を受けても不思議ではない。朝鮮半島でも何らかの動きがあるであろう。好戦的な首相のいるこの国が、無傷でいられるわけはない。
ローマ帝国やナチスもどきの、米国やロシアによる他国への侵略や政権転覆という、前近代的戦争への先祖がえりは、今回の第三次世界大戦を解りにくくしているが、全体への意志に支配された、国家間・民族間・宗教間の集団的エゴの盲目的な発現であるという本質においては、どのような戦争も同じである。先祖がえり的な戦争とはいえ、現代のテクノロジー、IT技術による兵器や戦術の違いは、現代の戦争に恐るべき様相をもたらしている。ピンポイントによる、敵対勢力の要人や指導者の暗殺、ウイルスによる情報機能の撹乱や破壊、宇宙での戦争など、科学技術によるあらゆる戦争手段が駆使され、最終的には核兵器という、奥の手が控えている。人類文明の末期症状といえよう。
全体への意志、集団のエゴ(類的エゴ)に、個人がささやかながらも対抗するには、さしあたって個人のエゴによるほかはない。ひたすら消極的に回避の手段を探るほかはない。幸いにも、今のところ、この国では徴兵制がしかれていないが、いつ憲法や法が改められて、若者たちは戦場へ強制的にかりだされ、戦死するハメになるとも知れない。そのような政府を選んだ民衆が自ら招く運命である。徴兵を良心的に拒否することは、難しい決断であろう。とりわけ集団本能の強固な日本人には、困難であろう。
さいわい、この時代すでに老境にある者たちには、国自体が戦場にならない限りは、戦死の恐れは少ない。まずおのれのエゴを大事にして、国や民族といった類的意志に対抗し、さらに進んで、あらゆる政治的事態や人類の悲惨に、徹底して無関心(アパテイア)になることを心がけるべきであろう。いわば動物人としての人類を超越し、人間離れdehumanizeすることである。高齢者は、すでになにがしか死に親しんでいるのであるから、いかなる戦争の悲惨にも、もはや動じることはないであろう。しかし、それが自らの身に及ばないようにする用心は、必要である。 |
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| 2026年2月17日(火) |
| 大宮第二公園の梅 |
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温暖化の影響で、梅の咲く時期も早まっているようである。とくに埼玉県南部は、県西北に較べて気温も高いので、大宮第二公園の梅も早々咲いている。6・7分咲きではあっても、十分見ばえがする。越生の梅林はまだこれからで、規模も大きいが、こちらの梅林も、広い公園を散策がてら楽しめる。

第二公園へは、東武線大宮公園駅でおりて、東南へ15分も歩けば、公園の端につく。帰りは西に向かって、昔ながらの大宮公園に出て、氷川神社の参道を南に下れば、大宮駅へたどりつく。大宮駅はターミナル駅であるので、ふだんでも目まいがするほどの雑踏振りである。 |
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| 2026年2月14日(土) |
| 非合理なるが故に |
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「観念の秩序と結合は、物体の秩序と結合と同一である(ordo et connexio idearum est ac ordo et connexio rerum)」というのはスピノザの説であるが、理知に対する絶対の信頼は、汎神論者にかぎらず、自然科学者や唯物論者にも通有のようである。少なくとも、物体の秩序と結合は、観念もしくは理論の進歩によって、究極にまで追究できるとする科学者は多いであろう。ニュートンの力学理論に代わって、アインシュタインの相対論が出現し、時間・空間の観念は変わりはしたものの、それによって物体の秩序がよりよく理解できることになり、また量子力学や素粒子論によって、物質の概念そのものも変化した。それらが物質の世界の秩序に、より近づくことができているわけである。
ニュートン力学に心酔したカントは、自然科学の方法を擁護するために、理知の能力の限界を探るという逆説的な方法をとった。理知はそれ自体に法則的な原理を含んでおり、それらの適用可能な〈現象〉を対象とするかぎりにおいて、自然科学は正当性を保証される。本来<自然>と呼ばれるものは、理知の原理がおよぶ範囲に限られており、その限りで、自然科学においてスピノザが理想とする、精神の秩序と物質の秩序の合一が成立する。しかし、現象を越えた、ものの本体である〈物自体(Das Ding an sich)〉までには、理知の原則はおよばないのである。物自体は自然科学の探究の限界であるばかりでなく、理知の能力の限界でもある。
このカント哲学の二面性は、新カント派においては徹底して無視された。先験的演繹や、原則における、純論理的な面が強調され、感嘆するほかはない精緻な論理に仕上げられていった。この形式主義、論理主義においては、理知は絶対の君主に等しいものへと格上げされてゆく。もはや理知は個人のものですらなく、ヘーゲルの絶対精神に近づいていくのである。理知すなわち形式に対して、その内容をなす感覚的所与は、ほんらい非合理なものであるが、その所与すら理性の産物とされるのである。カントにとっては、自然とは理知の形式と、感覚的所与との、すなわち合理性と、非合理との複合物であるが、その非合理の極限にあるものの概念が〈物自体〉であった。物自体を無視することによって、<現象>は宙に浮いてしまう。N・ハルトマンも物自体を無視する新カント派は、カントの曲解であるという。
人間理性や知性が、有限な能力であるということは、宗教者ならずとも、だれもが謙虚に認めるところであろう。有限な能力が認識する世界は、当然ながら有限である。まず感覚にしてからが、動物との比較において、すでに優劣があり、感覚的知覚には限界があることを、誰もが知っている。それはものの秩序と必ずしも一致しない。経験的に錯覚がそれを明らかにする。それでは、あらゆる感覚的知覚を排除した<純客観的>とされる対象についてはどうであろうか。それらは、はたしてものの真の姿であろうか。科学はこの純客観的な世界を対象としている。先験的認識論でいうカテゴリーがそれにあたる。悟性のカテゴリーが、同時に自然認識の形式であるならば、そこに現われた自然の姿は、たしかに悟性がもくろんだとおりの姿であろう。しかし悟性のもくろみが、そのまま自然の従う法則そのものであろうか。自然ははたして人間悟性に従わねばならない、隷属的必然性を有しているのであろうか。ここには、自然という用語の使い方しだいであるが、ある危うさがあるであろう(*)。
(*)古代のヘラクレイトスも「自然physisは隠れるのを常とする」と言っている。自然におけるロゴスもまた、全面的にあらわになるとは限らないであろう。
自然は合理的であるよりも、はるかに非合理であるといえるであろう。このことは物自体を認めざるをえなかったカントもよく承知していたであろう。物自体はNumenonなのであり、すなわち理性が限界として捉えることができるだけの不可知のXなのである。理知がとらえうるのは物自体が〈現象〉する姿だけであり、その把握の方法がカテゴリーすなわち純粋悟性概念であり、そのカテゴリーの範囲内で自然科学も成立するのである。しかしこのカテゴリーは固定的ではなく、N・ハルトマンの言うように進化するのであり、それによって不可知とされるXの正体に少しずつせまっていくわけである。それが自然科学の発展である。
非合理なものに合理的にせまろうとするのが、自然科学の認識方法であるとするならば、非合理なものに非合理そのものでせまろうという探究もありうるであろう。感覚自体にしても、それらを合理性にもたらそうとするのではなく、まさに感覚自体にとどまって、その本質に迫ることも可能であろう。以前に感覚の直知としてそれを論じた。同様に、理知もまたたんなる形式として、感覚との結合にかぎるのではなく、理知の直知というものもありうるであろう。さらに人間存在にとって、非合理の核とも言える情念・情動・感情・意志に関して、その本質を直知することが可能であろう。それらの直知から、人間の行為そのものの非合理性の根本にせまれるであろう。
この非合理の探求においては、もはや理知の理論的活躍の場である、合理的認識論は通用しないであろう。理論のための理論という純粋理知のユートピアは、認識全般の一部を占める領域に過ぎないであろう。理知的認識の最先端である、自然科学が、この領域にとどまるかぎりは、人間理性の能力の限界内での認識にとどまるであろう。非合理なものは、その意味で自然学Physikを超えており、文字どおりのMeta-Physikの対象となるであろう。
非合理なものにあたうかぎり合理的にせまろうとするのが、人文科学であるが、心理学であれ、社会学であれ、歴史学であれ、文学であれ、つねに非合理的剰余を残すであろう。無意識心理学、集団もしくは群集心理、歴史における一回性、文化の多様性、文学における個性など、法則的合理性と、個々の事象の固有性とが対立して、理知の体系化を拒むのである。文化的な事象においては、非合理なものを、非合理性そのものによって<了解Verstehen>するということが求められるのである。その場合、もはや普遍妥当性などというものは、考えられない。知識はすべて一回かぎりで、そのつどの了解あるいは直知に過ぎないであろう。それが非合理なるものの非合理なる所以である。人間性一般などという法則性、普遍性は、合理論からくる誤解に過ぎないであろう。すくなくとも、文化的事象においては、そうした一般論は、個々の事象の固有性をとらえきれないのである。たとえば文学史というものが、個々の作品を読むことよりも、はるかにつまらないのはそのためである。
非合理なものは、そのつど、そのつどの知識あるいは了解にとどまるとした。合理精神からすれば、これほど不安定な事態はないわけであるが、不合理の見地からは、そこに大いなる満足も、感動も生じるのである。一回かぎりであることが、人生に絶大なる影響を及ぼしていることが、だれにもあるであろう。それを法則化することも、説明することも、ことのほか難しい。しかし、それを求めようとする習性が生じはする。すなわち、反復と習慣のもととなるのであるが、最初の印象は希薄化してゆき、たんなる習性にとどまり、たいてい二度とはくりかえされないのである。 |
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| 2026年2月11日(水) |
| 死に遊ぶ |
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1.生と死の認識論的構造
過去が意識に現われてくるのは、記憶と記録によるほかはない。あることを直接記憶から想起するか、あるいは記録を契機にして、記憶から想起するかのいずれかである。回想は前者であり、書物や文献や遺跡などは、後者である。記憶は現に存在している本人の意識の中に起こるので、その内容があたかも現在性を持つかに思われる。しかし、その内容そのものにはすでにないという意識が伴い、現実の生からは切りはなされており、それが現在の意識に刺激や影響を与えることによって、現在的であると思われても、じつのところすでに時間的・生命的には存在せず、過去であり、死んでいるのである。これは単なる蓄積である、知識としての記憶についても言えるであろう。いわば脳の中で記録となった記憶であるが、それはしばしば蝕まれることによって、やはり現在性として確実なものではないのである。回想にいたっては、ほぼ死の世界に等しいといってよいだろう。
われわれが書物を読むとき、とくに古いものは、じつは現実としてはすでにない、死者の世界とつき合っていることになる。数百年前、数千年前の書を読むとき、あたかも著者と直接接しているかのように思われるが、じつは死人の声に耳を傾けているのである。それが死の世界であることに気づかずにいるのは、われわれ自身が、現在的に生きているからである。たんなる記録からよみがえる記憶にすぎないものを、あたかも生命をおびた現在性であるかのように錯覚するのである。現在的であるのは、ただ現在の意識だけであり、記憶や記録された内容は、記憶にもとづくかぎりにおいて、非現在的なのであり、今ここにないのである。
確かに文書や手紙をやり取りするとき、それらは現在的であり、相手はともに現在しており、それが過去や死人の世界であると思うことはない。しかし少なくとも、それらに記録された内容は、未来にかかわることでないかぎり、すでに現在にはない。すなわちすでに保管という、ある種の墓の中にあるのである。それが死者の文書類であるならば、なおさらである。個人にせよ、人類全体にせよ、歴史と称される記憶と記録の厖大な蓄積は、いわば死の記念碑Mausoleumなのである。
生の世界が感覚的現在性の世界であるとするならば、記憶と記録の世界は、生の現在性にあずかった、なかば生の世界virtual life、半ば死の世界virtual deathといえるだろう。生命はじつは生と死が半ば交錯し、いわば死(すなわち消滅したもの)を自らの中に組みいれたメカニズムなのである。このことが生命の認識論的構造において、明瞭に解るであろう。生きることは、記憶と記録という半ば死の世界に踏み入ることである。生命体の初期の段階においては、それは細胞内のDNAという記録装置に、生命の過去のあらゆる記憶が保存され、いわばそれの想起copyによって、次の個体が生成されることである。
おなじことは高次の生命体についてもいえよう。文明がもし記録と記憶にもとづくならば、それは生命のきずきあげた死の金字塔といえるだろう。歴史とは死と廃墟の記録であり、死の世界の探究と復元にほかならない。生の現在性は、死の蓄積によって支えられているのである。生命にとっては、生成Werdenとは消滅Vergehenをうちに含むものであり、消滅したものを保持することによって、生命を維持し、新たな生成を生みだすのである。
たしかに、生と死の世界のほかに、vertual life でもvertual deathでもない、真の死の世界があるかもしれない。死そのものの世界である。しかし、それはもはや死ではなく、むしろ単なる現在性を超えた、真のrealityといえる世界であろう。それは外界においては<物自体>の世界であり、内界においては〈意志〉の世界である。両者の本質が同一であるならば、ひとことで<世界意志>の世界である。
死が存在するのは、世界意志の現象としての生命の世界だけであり、しかも生命はみずから死を内に取りこむのである。死は生命体にとって、物質的メカニズムの変容にしか過ぎない。しかも生への意欲は、その変容を恐れるのであるが、生命が有機体の宿命として、物質的メカニズムとして現われざるをえない以上、むしろ死を手なずける道を選んだのである。それが記憶と記録であり、半ば生、半ば死の世界の創造である。それは同時に、生の未来志向にもかなったメカニズムでもある。未来はanticipation(先どり)として、過去から生まれるものである。いまだない現在性としての未来は、いわば死の世界から汲みとられる生成の可能性である。生命は死をはらみつつ、そこから未来をも生むのである。記憶と記録のパンドラの箱から飛びたつのが、<希望>である。
2.死に遊ぶ
生命体は単なる感覚的現在性にとどまりえず、自己を過去・未来へと拡張して行く過程において、まず記憶において感覚的非在の世界を生みだし、ついで単なる解体と消滅のメカニズムである死そのものを、非在として把握するようになる。死は感覚的非在の世界の、特別な出来事と見なされるようになるのである。そもそも記憶そのものの世界が非在であることによって、半ば死の世界といえるのであるから、死そのものがその世界におかれるのは、ごく自然である。天国や地獄の表象が、死後の世界となるのはその故である。いわば回想や書物でも読むような意識において、死後の世界が想像されるのである。じつのところ、日常、回想や書物の世界にふけるとき、意識は死の世界に遊んでいるのであり、その非現在性において、死後の世界の想像とほとんど違いがないのである。
死は生命体と共にあるのであって、生命体が死ぬと同時に、死もまた存在しなくなる。もし真に死後の世界があるとするならば、もはや生命の現象を離れた、なんらかの本質の世界であろう。生命体の存在において、真に不滅の本質といえるものは何であろうか。これは古来からの探求において、三種にしぼられるであろう。一つは宇宙の本体、物自体であり、現象的なもの(感性界)の背後もしくは根底におかれる、なんらかの世界の根源であり、不可知の本質である。二つは、記憶の世界において形成される〈概念〉の実在的本質をなすものとされる〈イデア(形相)〉である。三つ目は霊魂、あるいはその本体である〈自我〉の存在である。
生命そのものは、世界の根源から発するものである限りにおいて、その死滅において、根源である物自体およびイデアに還元されるであろう。それに対して個体生命の意識が、死後になんらかの本質として残りうるならば、それは普遍的な世界意志でも、普遍者としてのイデアでもないだろう。個としての意識自体は、その本質において物自体でもイデアでもないからである。生命体に発現する自我が、おのれ自身の本質を直観するときに、超越的な<純粋自我>が見いだされる。この生命以前、意識以前の純粋自我は、もちろん感覚的、心理的、経験的、現象的自我とは別物であるが、それらの不滅の本質をなしている。神が人格紳としてとらえられる時に、意志や叡智以外に、その本質をなすものが、純粋自我である。この絶対的唯一性もしくはIchheitにおいて、生命体の自我の死後の不滅の存在が可能になろう。もし神秘主義者とともに、「私が神である」と言いえるならばだが・・・。
生命体はこの世界のあらゆる現象と等しく、世界意志とイデアと自我の三一体の発現もしくは現象である。通常、死において、生命現象としての三者の結合は解消されるであろう。しかし、この結合への強い執着がとどまると、再度発現する可能性が残される。その場合に、世界の宗教に説かれるような、転生Palingeneseの現象が起こりうるであろう。しかしこの世界は、時空において無限であるから、それの実証は困難である。自我の存在が、たった一度だけではないように思われるのは、この三者の結合が時空を超えて連なりうるからであろう。しかしこの世界が苦の世界であるからには、どこに転生しても苦が待っている。この三者を解消する道が、むしろ求められるのである。純粋自我(ニルヴァーナ)への回帰、あるいは自我アートマンを契機にしての世界意志ブラフマンへの没入、三一体を三位一体の人格紳へと帰属させる信仰、全体への意志に自我を没入させる国家主義、などなど、この転生をさけることが、永劫の苦の克服となるのである。
死に親しむこと、これはなにも自己や他の生命体の死を思うことだけではなく、感覚的現実界ばかりではなく、半ば死、半ば生の、記憶にもとづく観念界に、より多く親しむようにすればよいのである。その場合、間接的に死者と交流しているのであることを、忘れないようにする。そこには生命の現在性はないのであるから、いわば黄泉の世界にあそぶに等しい。できれば、おのれ自身の現在性をも忘れるようにすれば、いっそう理想的に、死の世界に遊べるのである。最も現在的なのは意志であり、意欲であるから、それらを沈静させた平静な心で、過去の死者と向き合うべきである。もちろん死者とはいえ、意欲や欲望をかき立てる刺激となりうるのであるから、どのような死者とつき合うかの選択も重要ではある。現在的刺激となりうることのもっとも少ない死者を選ぶべきであることは、死に遊ぶための必要条件であろう。 |
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| 2026年2月10日(火) |
| 理念的世界について |
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1、歴史における理念
歴史にはふたつの層がある。ひとつは物質的、経済的、政治的層であり、もうひとつは精神的、文化的、理念的層である。通常前者を下部構造、後者を上部構造などと、その構造を下から上への、単純化した連関において考えられているが、両者の関係はともかくも、両者を独立の領域あるいは世界としてとらえることができよう。
歴史の物質的・経済的・政治的層は、そのままに通常過去・現在において見聞きする、生産や商業や政争や国家間の戦争やの、生命体すなわち動物としての人間の、生命的・物質的欲求の直接の発露である営みの世界である。すなわち〈動物人〉としての人類の歴史の、第一の基本的な層を成すものがこれである。それに対して、第二の層である、精神的、文化的、理念的な層は、必ずしも第一の層の上部にあったり、それに依存したりするわけではなく、基本的に第一の層とパラレルに存在しており、相対的な独立性を持している。このことは、歴史の第二の層が<観念人>としての人類の歴史であることからもいえるであろう。観念人としての人間は、動物人としての人間とは、別個の営みを持ちうるのである。
このことを認識の面から考察して見ると、動物人の基本的認識態度は、感覚的、生命的、物質的であり、感覚の刺激や、さまざまな情念や、物欲が、その行為・行動の基本動機となっている。具体的には、経済活動、支配・被支配の政治的行動、肉体・身体・繁殖の重視、闘争と戦争の讃美、といった動物本能の直接的発現が、歴史の原動力となっている。比喩的に言えば、<愛と憎しみ>が、彼らの行動の基本原理なのである。あるいは、広い意味での〈快苦〉の原理が、歴史の第一の層の原動力である。
それに対して、観念人の基本的認識態度は、概念的、精神的、理念的であり、感覚や情念や物欲からはなれ、概念的思惟や理念を根本の行為の動機とする。この認識態度は、たとえ歴史の第一の層の人間の行為に向かうとしても、そこから理念を抽出することにおいて、第一の層そのものと交わることはないのである。すなわち、第一の層の物質的・生命的原理もしくは法則とは別に、第二の層には独自の理念系が存在するのである。その普遍のシステムにおいて、理念の独立性が保証されている。それは概念的・精神的であることによって、物質界とは別に存在する世界を可能にするのである。
具体例をあげるならば、イスラム国家と唐との戦争において、捕虜となった唐人の中に紙すき職人がいた。その技術が西洋に伝わって、羊皮紙に代わる紙の文化が、西洋の学術を興隆させたのである(*)。この文化的な第二の層は、戦争という悲惨な第一の層とは、直接には無関係である。上部、下部の関係すらないのである。
(*)「西暦751年、中国・唐の軍勢とアラブのアッバース朝の勢力とが、現在のキルギスとカザフスタンとの国境に当たるタラス河畔で激突し、アッバース朝が歴史的勝利を収めた。世に言う『タラス河畔の戦い』である。この時、唐軍には多くの紙すき職人が従事しており、アラブの捕虜となった彼らが西方世界へ製紙法の技術を伝えた。これにより中東、ひいてはヨーロッパにおいて情報伝達手段として紙が用いられるようになったという。タラス河畔の戦いは、まさに情報革命の契機でもあったのだ。ヨーロッパ等ではそれまで、文字を記録する媒体として羊皮が使われていた。保存性はある程度高かったかもしれないが、製造にかかる時間やコストに関しては、明らかに紙のほうが優れていたに違いない。製紙法は瞬く間にヨーロッパ中に普及した。こうして後の中世ヨーロッパでは、スコラ哲学をはじめとした様々な学問が花開くことになる。」(指月紀美子「草原の旅人」[未刊]より)
歴史の第二の層は理念的であるゆえに、普遍的であり、しかも独自の伝播や発展のシステムである。物質的第一の層は、単なる契機にすぎない。ヘーゲルが言う〈理性の狡知〉としてもよいであろう。理念そのものは、そのまま歴史に押し付けるわけにはいかないが、歴史と併行しつつ、むしろ場合によっては歴史の道標となりうるであろう。ユダヤ人の歴史観が、その典型である。しかし純粋な理念の層としての歴史は、あくまでも理念であり、決して第一の層の歴史と直接交わることはないであろう。理念が理念たる所以である。人は単なる概念でもって、存在するわけではないからである。たいていの思想家も、動物人として第一の層の歴史にアンガージュするわけである。歴史の魔力といってよいであろう。〈文化史〉だけでは満足できないわけである。
2、自然における理念
通常、自然界とは、感覚的現象の世界とされる。自然がその範囲のものである限りにおいては、自然には純粋な理念は存在しない。感覚という非合理なものが、どのような概念にも必ずつきまとうからである。現象的変化とは、たんなる位置の変化でない限り、性質すなわち感覚の質における変化であり、この微妙なグラデーションに富んだ変化そのものは、通常の概念によってはとらえることができない。アリストテレスは性質をカテゴリーに加えているが、カントの純粋悟性概念には質のカテゴリーはない。性質は、まさに性質としか言いようのないカテゴリーである。しかしそれの現れてくる感覚は、概念でも理念でもない(*)。カントは悟性が自然に法則を与えるとしたが、古代のアナクサゴラスが、理性を自然すなわち感覚界に秩序を与える力としたように、カテゴリーなるものを自然的理性の産物と考えるならば、カントのカテゴリーを客観的理念そのものと考えてもよいわけである。すなわち、自然における理念とは、感覚に秩序を与える基本的概念(カテゴリー)である。古代の哲学者も、理性(ヌース)を自然および精神の双方のものとしたのである。
(*)感覚の質には<度>がある。よく知られているのは、「感覚の強さは刺激の強さの対数に比例する」という、ウェーバー=フェヒナーの法則である。例えば星の光度では、一等星と六等星の間には百倍の明るさの差があり、各等級のあいだは2.5倍の比率になっている。この概念的法則は、感覚そのものの質の中に、グラデーションとして存在していなければ、単なる悟性においては成立しない。先験的悟性概念とするには無理があるであろう。この難点の解決がSchematismus(図式論)なのであろう。図式の根本は、感覚(感性直観)と悟性に共通した原理なのである。たとえば変光星の観測においては、光度の知られた二つの異なった星のあいだの明るさを10等分し、その光度間にある当該の変光星の明るさの印象の比を求めることによって、光度を決定する。すなわち明るさという感覚の質を、微分的な量(数値)に変換もしくは還元するわけである。この意味で、悟性が感覚に規則を与えると言ってよいわけである。ピタゴラス派ふうにいえば、感覚が数理に従うわけである。
自然界においては、通常壮麗な感覚の現象に目を奪われて、自然科学者でない限りは、その根底にある概念をとらえることはめったにないであろう。自然界においても、感覚と概念の二重の層があるのである。古代の哲学者は、物質を空間における<充満Fuelle)>と考え、特にアトミストは、それらを隔てるものとして<空虚Leere>を想定した。空間を満たすものは、じつは感覚的性質であり、性質を表わしだすものは、根源物質(アルケー)そのものであるか、あるいはそれらの集合や、混合と考えた。それらの性質の中で、唯一感覚に属さないものは形、もしくは<形相Form>とした。
感覚の性質は、基本的に二次元の平面における充満において表わしだされる。これは例えば視覚においても、その直知は二次元平面であることからも確かである。それに対して、空間の間隙として現われる空虚は、形によって区画され、とりわけ三次元空間における透明な空間、もしくは〈合い間〉として現われる。感覚の中でも、もっとも概念的な性質が形もしくは形相なのである。そこからピタゴラス派は、世界の根源の原理を幾何学的関係、または数の関係(比例)と考えたのであろう。もっとも数そのものが世界を形成しているというのではなく、「事物は数からなるのではなく、数にしたがって形成されるのであり、すべての事物は、数の似像であり、模倣である」と主張した(Windelband:Lehrbuch der Geschichite der Philosophie)。プラトニズムの起源であろう。
感覚における幾何学的な関係、すなわち形においてとらえられた数理的関係は、あらゆる感覚において存在するであろう。視覚はもとより、聴覚においても、音のあいだの感覚的比例が、音楽を構成するのである。音楽が概念的とされるのも、その故である。触覚においては、何もない空間(Leere)というものが、じかに感じられ、距離の感覚または概念を生みだす。バークレイも触覚的運動が、遠近感を生み出すといっている。嗅覚や味覚においても、それらが生じたり消えたりすることから、時間の〈合い間〉の概念が生まれる。時間自体も、感覚的性質の充満と空虚の区切り、もしくは継起によって生じる、感覚ないし概念、すなわち形相であるといえる。
このように感覚自体の中に、すでに概念的要素、すなわち形相が含まれており、それらだけを特に取り出すことによって、感覚界とはべつに、純粋な概念の世界、すなわち形相=理念の世界が成立していくであろう。古代におけるプラトニズムがそれである。感覚・物質の世界の探究の果てに、自然界の根源において、あたかも自然を超越しているかのように、自然界の背後に成立した理念界である。アナクサゴラスにおいては、理性(ヌース)はいまだ自然の力であったが、理性が感覚・肉体・物質と対立する原理とされることによって、両世界が峻別されるようになるのである。
しかしまた自然界には、歴史における層においてはない〈自然美〉というものがある。美はAesthetikと言われるように、感性界において成立するものとされる。すなわち感覚的性質と別ではない。その点で、自然界の感覚的・物質的層に属している。美が通常〈感動〉を与えるのも、まさにその故である。美は感覚を契機とする、生命的、情動的現象なのである。もっとも露骨なのは官能美である。また自然美の中でもとくに際だった、<崇高>の美であっても、恐れや畏怖といった情念を惹き起こすかぎりにおいて、基本は動物的、生命的反応である。美が真に理念的であるためには、感覚や想像力のたぶらかしを離れ、情感的反応を離れ、理念そのものに触れるのでなければならないであろう。プラトンやプロティノスが、理念そのものの観照を美であるとするのは、感覚美とは別のものと考えるべきであろう。自然界の幾何学的・数理的美が、本来の自然における理念的美であろう。数学者や物理学者が、単なる数式を、宇宙における最も美しい数式と称したりするのも、あながち比喩ではないであろう。一般に自然法則が、自然における理念の美である。
自然における理念は、概念であれ美であれ、感覚的経験から出発しながら、感覚の中の理念的要素を取り出し、自然界における概念的・形相的本質に迫ることによって、はじめて得られる。幾何学や数学や物理学や化学が、もっともそれに近づくであろう。他方、哲学や論理学においては、人間の認識や思惟の形式性から出発し、感性直観から概念を抽出することによって、理念の体系を構築する。いわゆる観念論である。あるいは形而上学と称されるものである。これらの観念論や形而上学においては、自然は極めて恣意的にあつかわれるであろう。自然自体が、理念に還元されたり、二元論や、同一論(汎神論・唯物論)などとして、対立的または単純にとらえられることが多い。理念そのものが、自然の見せるふたつの顔の、ひとつの層に過ぎないことを忘れるのである。
3、非政治的であること
人類の歴史においても、自然界においても、感性的・物質的層と理念の層とが、分離的・独立的に存在していることを、ここまで述べた。両者は相互的に関連し、影響しあうことはあっても、それぞれに独立した構造を持ち、別個の歩みを遂げることも確かである。世界の理念的認識につづいて、ここでの主要テーマである、理念的に行為することを、次に考察しなければならない。
理念的であることは、単に思考や認識においての問題ではなく、すでに美についても触れたように、美が美的探究の態度であるように、歴史的理念においても、現在における行為の基準とならねばならない。単に歴史を理念的に探究するばかりでなく、今現在における理念的行為において、理念が実現されるのでなければならない。さもなければ、理念は非現実でしかないであろう。過去・現在における理念的行為において、もっとも基本的なのは、物質的・経済的・政治的層からの離脱、もしくは超越である。まず物欲を極力おさえること、最低限の経済生活にとどめること、このふたつは、主として個人的な心構えによって、生活条件を考慮の上に、なすべきことである。政治的関心からの離脱、これはたぶんzoon politikon(政治的動物)である人間にとって、いちばん難しいであろう。しかし、もっとも必要な理念的態度であり、行為である。これほど人間の動物的集団本能をかきたて、理念的生活をかき乱すものはないからである。
高齢になることによって、これらの物欲、情欲、経済活動、政治的関心や行為からの離脱は容易になるであろう。生活欲が減少し、心身において安定し、社会との交渉がまれになる高齢期には、世の中で起こることには関心が薄くなり、理念的生活への意欲が増すであろう。物欲離れした理念ほど気持ちよく、清潔なものはないからである。たとえ世の中の政治が軍国主義に向かい、国際情勢がいつ大戦を勃発させるともしれない、愚かな人類の歴史の層を眼のあたりにしても、直接の影響を蒙ることはないであろう。別の世代や若者たちは戦死し、思いがけない核攻撃によって大気は汚染されても、理念に生きる限りは、ルクレティウスのように、高みから臨むものの心境でいるであろう(*)。
(*)大海のうえを風が吹き荒れて 波をかきたてるとき
大地から他人の大きな難儀を眺めるのは 心地よい
ひとの苦しむのが 快く楽しいからではなく
わが身がどんな禍を免れているかを 知るのが心地よいからだ
また平原で展開される大きな激戦を
我が身の危険なしに 見るのも心地よい
しかし なににもまして甘美なのは 知者の教えによって
いや高く築き固められた 清澄な場に座して
そこから他の人々を見おろし 彼らが人生の道を
求めてはさまよい あちらこちらと踏み迷っているのを眺め
あるいは 才知を競い 出生の高貴を争い
夜も昼も なみはずれた労苦を重ねては
権力の高みにのぼり 世界を手に入れようと努めるのを 眺められることだ
――ルクレティウス「物の自然について 第2章」(岩崎允胤「ヘレニズムの思想家」より)
古来、非政治的であることが、賢者の理想とされた。彼らはみな物質的・生命的・動物的層を離れて、永遠で普遍的な、理念の層に生きたのである。古来、聖賢皆寂寞であり、政治的であることを、もっとも恐れたのである。少なくとも高齢であることは、理念的世界に参与する、絶好の機会である。 |
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