44.東京交響楽団ベートーヴェン第9の演奏に感激する。

 そのチケットを買ったのには、さしたる理由はなく、3000円でプロのオーケストラの演奏を聴けると思ったからだった。
 当日、会場に入ると、楽器の配置はコントラバスが左奥で、前面は左から第一バイオリン、チェロ、ビオラ、第2バイオリンのようだった。ステージぎりぎりに配置されているので、前から4列目の席から見ると、近い!
 前プロのモーツァルト交響曲第9番もよかった。3楽章に弦楽4重奏が入るのだ。 休憩が終わって、第9が始まった。席が前のせいか、個々の音が鮮明で、はっきりと、鋭く、しかもなめらかだ。合奏もすばらしい。東京交響楽団が日本のプロオーケストラの中でどのような位置にいるのかは知らないが、私には飯森範親指揮のこのオーケストラの演奏がショルティ指揮シカゴ交響楽団のように聴こえた。
 そしてすぐに、このようなすばらしい音楽の大きさに比べたら、自分の普段の悩みや苦しみなど、いかに小さくてつまらないことかと思った。自然に涙が出てきて止まらなくなった。
 今の私は、ベートーヴェンを聴くときも「この曲はこういういわくがあって、こういう意味を持っている」などの意味付けはしないで、音だけを聴くほうだ。しかし、そのときは意味するところを感じながら聴いていた。第1楽章は戦いだ。戦争だけではなく、災害や、伝染病などとの闘いや個人の様々な奮闘をふくむものだ。第2楽章はもっと創造的な活動や共同作業、あるいは生活の中での「楽しみ」を感じる。第3楽章は休息、安らぎだ。ときどきフォルテの音になるのは、そういうやすらぎのときに新たな創造や発見が生まれたりするかのようだ。
 そして第4楽章だ。吉井亜彦によれば、ここで前の3つの楽章が表現したものを否定している、との解釈だ。それもそうだな、と思っていた。しかし、今日の演奏からは否定ではなく、統合というか、4つが混ざり合って新しくなるような印象を受けた。
 曲が終わった時、私は拝むような気持で拍手をしていた。こんな気持ちで拍手をしたのは初めてだ。こんな素晴らしい第9を聴いたのも初めてだった。 アンコールの際の指揮者のスピーチも素晴らしかった。さらに、アンコールの清しこの夜、出だしの弦楽合奏がとてもすてきな音だった。
(2018・12)

BACK
 HOME NEXT