<夜男爵詩集・ネロポリス>
夜男爵(バロン・ナイト)作
-To one everlasting and single,for her solely.
出立/使者/秋の落魄/剥製のこころ/くつ屋の黄昏/ネロポリス/過去(こしかた)/トリステス/神さまのみにくい子/宇宙の鳥籠/Sing' ich in finstrer Mitternacht/大悪疫/二つの卵/ブルムベリー/ゆれるまつの木/はあるままるこん/エピローグ
出立
いざ つかれた身よ 波だたない心よ
どこへ運ぼうか この枯草を
火と燃えたつ 川原を知らない
ただ へめぐる へめぐれ
夕闇の原を ひきずれよ
ふたたび 浮かぶことなく
失なわれた 時の原に
いざなう 旅のおもい
いざ つかれた心よ くだけた身よ
心をかきたてはしない
旅への いざない
ただ どこかの柱のかげの
ぼうぼうとほのあかるむ 夜の原
ふりつむ 時のほこり
はばたく 重力のつばさ
なにを燃やしはしない
枯野の夕暮れ
まいくだる 終末の粒子
不安の時の かすかな鐘のね
出立をうながす 見えない影
空はかげる 雲はしずむ
門出にまきちらす 死の鱗粉
過ぎさった 時の媚薬
いざ 心よ 背戸を開け
夕闇のふちに 身をさまよわせよ
夜は死んだ 永遠の夕暮れ
ささやきさえない 大気の密室
すべる影 うかぶ闇 時の檻
さびた錠前 くちた鉄格子
きしりをあげよ
いざ 旅への落下!
使者
どこから吹くのだろう
この肉をきりさく叫びは
ごうごうと吹きぬける
虚無の嵐は
足から来て頭へぬける
頭から来て足へぬける
土管のような肉体を
手荒にかきむしる夜の歌
どこから吹くのだろう
この感覚のあわだちは
細胞の木の葉を鳴らす
大気の奔流は
枯れ果てた骨を洗い
最後の落葉を奪いさり
おどろにうめくは
<存在>の共鳴板
どこへ吹くのだろう
この無からの風は
ひょうひょう ごうごうと
不動の風景をなぶりわたる
肉体の電信柱をたわめ
心の電線をうならせ
とうとうとおやみなく
不安のマントをはためかせ
喪章の袖をたなびかせ
透明な妖怪
無からの使者よ
秋の落魄
秋はこころから忍び出る
時は枯れて
泉は波だたない
仮死の季節
落魄を沈める沼の沈黙
秋は心のうらからにじみ出る
命のたそがれ
あだな欲望の墓地
どこへ揺り動かそう
この名もない墓石
人の世界に秋はす通りする
秋は軽やかに羽ばたく
みずたまりの空に落ちる
憂愁の小石
深い青空を傷つけはしない
心の秋は影なす谷間の泉
まいおちる落魄
しずもるとむらいのつぶやき
しめやかななきがらは
夕闇にふりつむ
命の秋
剥製のこころ
表現は
わが感情のかす
ことばは
わがおもいのくず
それなのに
ことばのたくみに
こころのたわむれ
詩なんぞは
ことばのぼろくず
ことばなぞ
うつろないとくず
虚栄のはきだす
けたいのたわごと
わがこころの虚無は
ことばにたわむれる
わがいのちの無力は
かれつきた井の底の
追憶の標本から
ひからびた押花をひろう
ことばは
わが感情のみいら
年へて
ひからび
きばんだ
わがこしかたの
剥製のこころ
くつ屋の黄昏
くつ屋の店に
弟子いりして
靴くつくつくつ
靴をつくる
くつ屋の店に
店員になって
靴くつくつくつ
靴を売る
くつ屋に今日も
日は暮れて
靴くつくつくつ
靴は売れん
くつ屋の弟子に
日は暮れて
靴くつくつくつ
靴は食えん
今日もみる
くつ屋の弟子の
くつ屋の夢
靴は売れんが
ゆめはかれん
靴くつくつくつ
くつ屋の笑い
靴くつくつくつ
くつ屋はつらい
ネロポリス
−夢遊者とその影
1
浮き上った幾本もの光の縞
褐色の平坦な地の果てに
幻の里を見る
忽然としてわく
風のない大気のたゆたい
鳥飛ばず
草木そよがない
一面褐色の平坦な大地に
夢遊者の影は伸びる
日は永劫の昔に暮れ
暮れかかったままに
永劫の時は過ぎる
鉛色の不朽の空の下
息づく太古の腐敗
太古よりの頽廃は
もろくも保たれ続ける
日は鈍く暮れなずみ
夢遊者の影は長く
夢遊者の影は影を落とさない
褐色の平坦な大地の果てに
歪んだ破(や)れ硝子の
たぎり揺れる
光の狂気
2
踏めば潰(くず)れそうな
土塊の隆起の重なり
褐色の谷の岩の根に
乾いた泥土の原
ところどころの塚のなぞえに
うがたれた蟻の巣の窓
風化した溶岩の河原―
夢遊者の影は谷を覆う
影は巨人のように歩み
塚をよぎり
塚を踏もうとして
そのもろい足応えを懼れる
見わたせば
歳月の乾燥させた
この褐色の谷の底より
耳なく囁く地霊の雑踏
あちこちの塚の窓からわきいで
泥土の風景と見えた
太古の街は甦る
影は一つの塚の前に立ち止まり
今はおのれの大きさを恐れずに
墓穴のような戸口から
内部の気配をうかがっている
3
水の涸れた街に
埃が固まる
人びとの囁きは
土の壁からこぼれる
人びとは沈黙をかわし合う
誰もが考えたことが
そのまま他人の言葉であり
夜の中の影となって
言葉は街路にうろつく
ひろった言葉を
ステッキに伴なうもよく
また無作法に
土の家に投げ込むもよし
こうして或る日
街を訪れた夢遊者の噂は
どの土壁にも蔵われたが
それは風のように
長くはとどまらなかった
4
睡神(ヒュプノス)の鍵――
その色は鉛色の憂愁
その開く音は錆びた翼
その入口は原初の夜の沈黙
睡神(ヒュプノス)の扉――
それは洋服箪笥の服の袖
灰皿の底の焦げた燐寸の軸
引き出しの奥から転がり出る
一粒の硫酸銅
5
シバリスから来た人と
酒盛りをした
シバリスは豊かな町だという
だがその人は
みすぼらしい身なりをしていた
しきりに盃をすすめてくる
その鷹揚さで
みすぼらしさを償おうとするかのように――
時々その心づかいが
みずから堪えられなくなって
頬を赧く染めたが
それは酔いの赤みだったかもしれない
6
シバリスから来た人は
こう語った――
‘君らの非在を憐れむがよい
出口を求めるよりも
入口を探すがよい
人はこの世界を創ったが
世界は人を覆ってしまった
憐れむべきモナドの予定調和よ
束縛された夢と
かの哲人の表現した生を
束縛(レーゲル)から解き放って
時空の色眼鏡(フォルム)を外すがよい
思想の檻(カテゴリー)から脱け出るがよい
天上なる星と
内なる頑固(ゲゼッツ)におさらばせよ
少なくとも
あらゆる確信を警戒するがよい
確信こそは
まさに確実なるが故に
最大の陥穽であることは
かの方法懐疑(メディタション)の君の説くところ
なぜなれば
信じこませることは
詐欺師の常套手段であるから
その詐欺師の名
神にまれ 悪魔にまれ
人もし
有益をもって真理の証とするならば
それは奴隷の確信である
おのれの行為を縛るものを
真理の基準とするからである
なますを吹かしめるあつものの苦痛は
また宗教者をして神に至らしめる’
シバリスから来た人は
大いなる詩人皇帝のしろしめす
伝説の都を探して旅していた
この世の富を失くしたかわりに
伝説の富を尋ねていた
シバリスから来た人は
或る日姿を見せなくなったが
町の人は誰もそのことに気づかなかった
彼がまた現われるまで
そのまま気づかずにいるだろう
7
(町の顔)
谷の街に沿った
丘の一つに
人の顔が彫られてあって
それが顔であることは
誰の目にも明らかではなかった
それは模様であったかもしれず
またはただの
自然のいたずらであったかもしれない
それは或る時
この町の歴史でたった一度だけ
この街の片側の丘を
夜汽車が通った時に見つけられた
町の人は全員
その列車に乗っていたという
音もなく町を過ぎた時に
一方の窓からその丘がみえ
丘のなぞえに顔がみえたという
顔は丘に
蝙蝠のように張りついてみえたが
それはたしかに
丘そのものに間違いなかった
夜汽車が過ぎると
人々は町に帰って
その丘を探したが
顔は見当らなかった
今でもときおり町の人は
その顔のことを話題にするが
なんでも
曝首(どくろ)のようであったとも
ただの目鼻であったとも
いつかまた
夜汽車の来る日を
こころ待ちにしている
8
死人(しびと)の釣れる川へ
ある日釣りに行った
川は水銀のように
鈍く光りながら流れていた
これならたんと
死体のあがることだろう
そんな期待をもたせる
ボリュームだった
先客が釣糸をたれている
釣れますか
黙って顎でさす先を見ると
なるほど裸の死体が
空の鈍い光線に
つやを失ってころがっている
その数いくつとしれない
大漁ですな
うれしくなって土手を行くと
男が川の上を飛んでいる
その様がとんぼのようなので
昆虫かとも思われたが
男は水際をすいすい飛んで
こちらへやって来た
わたしにも飛べるでしょうか
わけないとも
うしろにつかまれという
つかまると土手をすべりだした
土手の斜面をずり落ちるようにして
水面に出た
銀色の水を尻の下に感じる
濡れないように体をくの字にすると
男はついと身を離して
どこかへ消えてしまった
あぶなかしく水の上をすべっていた
向う岸までたどりつけるだろうか
とてもむりだと思うと
たちまち尻から水の中へ落ちた
気がつくと
釣人に釣りあげられて
死体の列につらなっていた
9
(ある朝)
雨がごんごん降っている
風がとんとん吹いている
蜜蜂は葉裏に隠れている
鳥たちは雨だれに
うそ寒く身震いしている
雨がごんごん降って
大水がひたひたと舌を伸ばしている
人びとは溺れないように
塀によじのぼっている
広い校庭に人影は消えて
空は鉛色だ
世界にほとほとと潮が満ちてくる
雲は死んでいる
雨がごんごん降って
風がとんとん吹いている
こんな朝には
こんな朝には
人びとは昔のままに甦って
新鮮に畏怖している
大水のいぶし銀の情欲に
身を快くひたしている
足もとを濡らす波とたわむれる
小心な子供たち
これら家のない子供たちは
どこから逃れて来たのだろう
朝日は昇らない
一日はかわたれからかわたれへとわたる
死人たちが甦る
死人たちは若がえる
(追憶とは死人のことではないだろうか)
やがて一人とり残された子供は
どこへ帰って行くのだろう
この時にはぐれた夜明けの辺土に
雨がごんごん降っている
風がとんと吹きやまずにいる
過去(こしかた)
―レーナウによる主題と変奏
THEMA
宵の明星
蒼ざめた火花
またたき
われをまねく
哀愁の星
陽はまたも沈む
死の寂けさ
V.1
宵の明星
蒼白の思い
火花とそそぐ
こしかたの憂い
媚びた女の
頬の恥じらい
遠ざかり
日は死に急ぐ
V.2
かわたれ
時の物見に
流れる
夜の火薬
押しとどめよ
わが足下より
沈む日輪
V.3
いつのこと
死のエーテルを
日とともに
移りゆかずに
とどまる時の
吐く息に
翼を軽くした
感傷の蜘蛛の糸
V.4
光は
狂気
切り裂く
墜落
足場のない
影法師
光と
時は
裏切りあう
V.5
たぶらかすな
感傷は
もはや
いつまでも
われを
憎む
星の光
消え
うしなうことは
すりへって
それほどに
狂うばかり
時の火花
トリステス
他人を憐れむことができないなら
おのれを憐れもう
今にして思えば
人から憐れまれることばかり求めていた
人の悲しみの中に
おのれの悲しみを映していた
どうしても思い出せない女の顔がある
なんども会っていながら
おれの目は記憶することを拒んでいた
おれの目は見ることを拒否していた
女の悲しみだけが
おれの記憶に残った
悲しみだけがその女の美であったから
それはときおりこだまとなって共鳴する
おれは遠く離れねばならなかった
すべては年老いてゆき
記憶だけがあとに残る
追憶だけが変らずに生きる
それはふいと今をおびやかす羽搏きだ
明るい白日の部屋の空間に
ふと翳りを落とす非現実の狂わしさだ
非在の中に埋もれてしまったものの―
もはや流れることをやめた時の―
追憶のなかで今と化した時の―
あれは少し悲しみのために
気のふれた所のある老女だった
亡くした夫と未だに追憶の中に暮らしていて
それでもそれが非現実である悲しみに
怒りと愚痴と涙と
世間を内からしか見れない主婦の狭量と
ふいにきざす悔いと寛大のめまぐるしさに
なんだか暗い部屋に対座していて
現代離れした芝居の中にいるようだった
他人の悲しみをどうしてやることもできないなら
せめておのれを憐れもう
おのれを憐れむのは
人から憐れまれているのと同じだから
誰かが悲しんでいて
そして悲しまれているということが
また悲しみなのだから
神様のみにくい子
みにくいあひるの子を知ってるかな
あひるの子はおおきくなってがちょうに・・・
白鳥でしょ
そう白鳥になったんだね
それではみにくいかえるの子を知ってるかな
知らない・・・
おたまじゃくしのなかに一匹だけ
ひげをはやしたみにくい子がいたんだね
おおきくなってなまずになったんだよ
それでかえるをみるとかたはしから食べてしまうんだね
それだれがつくったの
おじさんさ・・・
みにくいなまずの子を知ってるかな
ひとりだけやけにひょろながい子がいたんだね
おおきくなってうなぎになったんだ
おまけにでんきうなぎだったので
なまずたちはでんきでしびれっぱなしさ
みにくいうなぎの子を知ってるかな
うなぎの子のなかにばかにふとった子がいたんだね
おおきくなってくじらになったんだ
くじらはうなぎの子が大好物さ
みにくいくじらの子を知ってるかな
顔が赤くて尾ひれがなかったんだってさ
おおきくなってにんげんになったんだよ
それで捕鯨船にのって
くじらをとるようになったのさ
みにくいにんげんの子を知ってるかな
まっくろくておまけにとげのあるしっぽがあったんだね
おおきくなって悪魔になったんだよ
それで悪魔をみるとにんげんたちは逃げだすのさ
みにくい悪魔の子を知ってるかな
悪魔の子のなかにばかになきむしの子がいたんだね
いじめられるといつもパパーといってなくので
とうとう十字架にかけられて神さまになったのだね
それで神さまをみると悪魔は逃げだすのさ
みにくい神さまの子を知ってるかな
この子だけは三本の足をもっていたんだね
それでまんなかのみにくい足をいつも
いちじくの葉でかくしていたんだね
おおきくなってアダムというにんげんになったんだよ
それで神さまを天国へおいはらって
この地球でいちばんつよいいきものになったんだね・・・
それから・・・
それから・・・かんがえてください
宇宙の鳥籠
見るものの情意とは
無関係に見開かれる
雉鳩の怯えた暗いまなこ
星をめぐる黒い惑星の一つに
わたしらの鳥籠がある
それは滑稽で許されない光景ではないか
こんな不条理に気づくためには
天文学者であってはならない
わたしは神の身になって
わたしの鳥籠をのぞいてみたのだが
見返される暗いまなこに
囚人の夢よりもあさましく
わたしの嘔吐は
凍てつく空間に四散した
Sing' ich in finstrer Mitternacht
くらく
はるかな
対日照(ゲーゲンシャイン)
とおく
まどろむ
薔薇光(ローゼンシャイン)
ほのかに
うかぶ
驟雨の森(レーゲンハイン)
妖精境(アルンハイム)の
黒雲は
はしる
霖雨の郷(レーゲンハイム)の
足早の
使者(ボーテ)
まばたき
おののく
虹の星(レーゲンボーゲンステルン)
ふりかえり
跡形のなく
昨日(ゲステルン)
ただ
るいるいの
死者の群(ゲストルベネ)
天球の客(ゲスト)
ものおもわしげ
オリオンの帯(バント)
暗い馬の
いななき
星の雲(ネーベル)
夜(ナハト)
―――と(ウント)
霧(ネーベル)
時の海
見え隠れする
北人(ノルマン)の舟
音もなく
夜の風(ナハトヴィント)
声もなく
死の森(トーテンヴァルト)
大悪疫
ハプラクシテフムフム
青い田畑を
青い田畑の畦を
ハプラクシテフムフム
ひとりたどりゆけば
空より降り来たる
ハプラクシテフムフム
大いなる悪疫
熱の病の
ハプラクシテフムフム
身を焦がし
行く道のべに
数知れず
ハプラクシテフムフム
黒くただれた
ハプラクシテフムフム
屍の列
宇宙飛行士の
ハプラクシテフムフム
置きみやげの
ハプラクシテフムフム
大悪疫の
ハプラクシテフムフム
熱く燃える
遠く遁れて
遠く遁れて
かの森に
ハプラクシテフムフム
かの森に
ハプラクシテフムフム
青い畦道を
青い野原を
たどりいそぐ
その道の
ハプラクシテフムフム
その道のいざなうままに
小暗い森の
ハプラクシテフムフム
小暗い縁をあゆみ
あゆみゆけば
ハプラクシテフムフム
森の蔭に
すがた見えずとも
子供らの声
ハプラクシテフムフム
がやがや
木々の垣の
ハプラクシテフムフム
向うにする
思いかえせば
今は夏休み
ハプラクシテフムフム
子供らは
かぶとむしを追い
大人らは
ハプラクシテフムフム
何を追うとなく
森の中に
ハプラクシテフムフム
がやがや
ハプラクシテフムフム
ひそひそ
声のする森を避け
森をくぐり抜け
小径をいくつか
横目に見ては
ハプラクシテフムフム
人の通らない径を
人の行かない径を
ハプラクシテフムフム
たずね行き
求め行き
崖のある所で
ハプラクシテフムフム
人だかりして
足を止めれば
あとから来た
ハプラクシテフムフム
おとめひとり
見知らぬおとめ
音もなくひとり
ハプラクシテフムフム
おいこし
ハプラクシテフムフム
径を行き
径を曲がり
森の先の
ハプラクシテフムフム
森の先の街へ
つれもなく
ハプラクシテフムフム
見送る心残り
とはいえ
ハプラクシテフムフム
人だかり気にかかり
見ると一人の男
二人の子供
急な崖の
ハプラクシテフムフム
勾配にとりつき
見れば背の高さに
はしごほどの
ハプラクシテフムフム
きざはし
男はするすると
崖の上へ
森蔭の中へ
ハプラクシテフムフム
姿をうしない
子どもらは
ハプラクシテフムフム
崖にとりつき
とりつき
もどかしげな
ハプラクシテフムフム
そのさまを見かねて
近道のような
気のしたもので
ハプラクシテフムフム
同じくとりつき
とりつきして
きざはしに
きざはしに手をかけ
かけるともなく
ハプラクシテフムフム
めまいのして
横からにまれ
下からにまれ
ハプラクシテフムフム
胸のふるえるばかり
どうしたらよい
ハプラクシテフムフム
ものかと
思案する
そのあいだにも
ハプラクシテフムフム
子どもらは
やはりそのまま
ハプラクシテフムフム
しがみつき
しがみつき
ためらうばかり
おとめのうしろ姿
ハプラクシテフムフム
亡き人の面影
ハプラクシテフムフム
亡き人の面影ただよい
笑みのたえた
ハプラクシテフムフム
笑みのたえた死人(しびと)の
ハプラクシテフムフム
面影の
ハプラクシテフムフム
青空を撃ち
道草の
ハプラクシテフムフム
悔やまれ
悔やまれ
・・・・・・
・・・・・・
二つの卵
二つの卵があった
鳩の卵だった
二羽の雄鳩の産んだ卵だった
卵は小さくきたならしかった
巣箱の奥の薄暗い
とまり場の板にそれとなく
ふんに汚れて落ちていた
雄たちはいつも発情していたが
交尾の相手がいなかった
そこでいつのまにか
尻を板にこすりこすりするうちに
ふんのかわりに
たまごをひりだしていた
小さなみすぼらしい卵だった
それを見て巣箱の外の雌鳩が
ふがいないとでも思ったか
大きな鶏卵ほどの卵を二つ
家の縁側に産みおとした
子供はそれを両手に持って
母親のいる台所へ入っていった
卵は雌鳩の体温で
ゆで卵ほどもほてっていた
電燈にすかしてみると
三分の二ほどの黒い液がだぶだぶして
なにやら形のようなものが動いている
子供は落としてしまわないように
じっと熱さをがまんして
手の平にのせたままでいたが
母親に見せようと手をさしだした拍子に
卵の一つが母親の指先から
居間のたたみにぽとりと落ちて
ころころころころ掘りごたつの縁へ
あっと心臓の破れそうなおののき
こたつの底でぽしゃったのは
子供の心であったか卵であったか
母親はひび入った卵をひろいあげ
殻をはがしはがし
おしいことをしたと
その呟きも子供は上の空
もう一つの卵が今にも手の平から
何か磁力にひかれてころがりおちそうで
卵がゆれるのか
子供の手の平がふるえるのか
生まれて来ることをこばんでいる
黒い形の生きものの
おぞましいあがき あがき
子供は生まれてはじめて
いつくしみの光のとどかない
生命(いのち)の闇に魅入られたような
ブルムベリー
遠い町へ旅立った
ブルムベリーの古い宿で
きしむ籐椅子に身をしずめ
ある時一夜を明かした
ブルムベリーの古い宿で
きしむ籐椅子に身をしずめ
心は馬に乗って旅をつづけた
馬のひづめがかけっていった
その夜はブルムベリーの古宿で
うとうとうとうとまどろんで
旅に疲れてこわばった身を
窮屈な籐椅子にしずめたが
たちまち悪魔が追ってきて
ねむろうとする身をねむらせず
ブルムベリーの古い宿の
きしむ籐椅子をとりまいて
ざわざわざわざわとりまいて
こわばった身を運びさろうと
悪魔どもの小さな手が一斉に
胸のあたりをかきまわす
ざわざわざわざわ
ブルムベリーの古い宿で
悪魔に追いつかれた旅人は
ねむろうとして硬い籐椅子に
こわばった身をあずけたまま
悪魔どもの揺籠とはしらず
うとうとうとうと
かつかつかつかつ
馬のひづめと旅をつづける
悪魔どもに身をさいなまれて
夢だけが遠く遠く旅立っていく
ゆれるまつの木
ゆれるまつの木
なにかがへんだ
ゆれるまつの木
そこにある
なにかがへんなのだ
ゆれるまつの木
へんなのだ
なにかがへんなのだ
そこにある
ゆれるまつの木
へんなのだ
そこにある
ゆれるまつの木
ゆれるまつの木
へんなのだ
なにかがへんなのだ
そこにある
ゆれるまつの木
ゆれるま・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
はあるままるこん
わたしわいくことはいてく
ないできへくにのしのぱん
はりせみとんわたくらくらく
のんとりへみやまへの
たんたりかしひめはあら
わらはらばらたらくんず
からすむなんたらとりとりと
つんまらとんて
あるかじみてんま
はあまるたかまや
なあかしくじむしり
むしぼくみかろこしてや
みかむしくぼろこしてや
はあるままるこん!
あなんくるわなか
あなんくるわなか
* * *
エピローグ
あまりにすみきった自我の鏡こそが狂気なのではないだろうか。
・・・・・・・・・・
昼の光が消え去って、昼間見えていたものの形が見えなくなると同時に、それまであまりに大きな光に隠されていた星々が輝きだすように、感覚から差し込んでくるあまりにまばゆい光が消え去ると同時に、それまで見えなかった内なる星が輝きだす。暗い夜空から見下ろしている奇怪な生きものやヒーローや美姫やコンパスや馴鹿やくじらやらが、ファンタジーの鏡に映し取られた昼の世界の歪んだ像であるように、われわれの星もまたさまざまな変身の姿にことかかない。しかも昼日中においてすら、深い井戸の底からは時として空の奥に光と抗っている光をみとめることがあるように、われわれの昼の意識の明るい白日の帳の蔭からは、時としてさまざまなモンスターが出番を待ちきれずに、その奇怪な前足や尻尾の一部をのぞかせることがないであろうか。われわれが人生の半分を覚醒に、半分を睡眠において費やすのであってみれば、われわれの人生の半分である夜の意識こそは、まさに第二の人生であり、Die
Andere Seite である。
ここまで読まれた方をご招待夜男爵の部屋
copyright: baron night 2006
入力:エポス文学館(甲斐修二)
アップロード:2006.2.20
訂正:2006.6.11
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