これで荷造りもお終いだと思って、最後の空のダンボール箱を取りにいこうとしたら、
ネコが頭を逆さにして、宙に足をじたばたとさせて遊んでいたので、なんだか気が抜けてしまって
そのままその場所に座って、改めて今まで使っていた自分の部屋を見渡した。
がらんとしてダンボール箱だらけになった今の部屋に
シャンパン色をしたへんてこな果実酒がいやおうなしに目について
果実酒のとなりで、体勢をたてなおしてきゅうきゅうに箱に詰まって、
顔だけを出して寝てしまったネコを見ていて、
私はふと、思いついた。
1階に降りて、ちょっと洒落た来客用のシャンパングラスを持ってきて、果実酒を半分くらいに注いだ。
今まで別れた人のことをとやかく言える資格など私にはないようで
果実酒は相変わらず苦くて辛くておいしくなくて、のどの奥でちいさな固まりになって少し詰まった。
高校生のころ、一度だけ、この果実酒を見つけて飲んだことがあったけれど、
なんだか受け付けられなくて、吐き出してしまった事を思い出した。
今の今になって、なんとなくこの苦い感じが分かる気がした。
あと5年後か10年後かには、おいしいと思えるのだろうか。
披露宴では<花嫁さんから御両親へのお手紙>を、大勢の人達の前で読むのが恥ずかしくて、
しないことにしていた。
そんなわけで、引っ越す前にいつかは言わなきゃいけないのは分かっているのだけれど
今はこの果実酒がのどの奥でころころ詰まって、
苦くて甘くて辛くて酸っぱくておいしくなくて照れくさくて
「ありがとう」の一言は まだ言えそうにない。
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