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 時は流れ十月終わり。
 ショウと出会ってから二ヶ月近く。ショウの右の翼の傷もほぼ完治し上半身に羽織っていたタオルケットが毛布に変わっていた。

 潤はあれからスーパーのバイトを辞めた。理由は潤のシフトが入っている日は毎回相葉が買い物に来て睨みつけながら魚肉ソーセージを買っていくからだ。いくら何でも毎回されると精神的にまいってくる。
 それに相葉とは大学は一緒だが学部が違うため故意に会おうとしない限り滅多に会わないが校内でばったり会ってしまったときは凄い勢いで睨んでくる。
 なのに潤から連絡すると相葉は着信拒否や受信拒否をしているらしく連絡がとれない状態だ。車にはダッシュボードに『松潤使うな!』と殴り書きされた紙が置いてあった。

「ショウ!ご飯出来たよ!」

キッチンからショウを呼ぶ。
「やったぁ!今日なーに?」
 するとすぐさまショウはキッチンへやってくる。
「レタスチャーハンだよ」
 出来たものが何かを言うとショウは食器棚からそれにあうお皿を出すとダイニングテーブルに並べる。そして俺が並べられたお皿に盛る。いつもの光景だ。
「いっただっきまーす」
「いただきまーす」
 向かい合わせに座り同時に食べ始める。これもいつもの光景だ。

─♪


 突如鳴り出した電話。いつもの光景ではない。
「潤?電話だよ?」
「はいはい…」
 口の中に詰め込まれたチャーハンを飲み込むと電話に出た。
「はい、もしもし、松本ですけど」
「…た…けて…」
「はい?」
 その声はいつも…といってもここ最近は聞いてないが…聞きなれた声だった。

「…松潤…助けて…」
「相葉ちゃん…?」
 聞こえてきたのは相葉ちゃんの震えた声だった。
「…ヤバいよ…助けて…松潤…」
「ちょ、相葉ちゃんどうしたの?」
「俺…殺されるかも…」
「はぁ!?」
 相葉ちゃんはいつにも増しておかしな事を言ってる。
「ヤバいおやじに会っちゃって…」
「で?」
「ホテルに監禁されてるの…」
「…あぁ!?」
「潤どうしたの?」
 びっくりして大声をあげたらショウがスプーンをくわえながら不思議そうな顔して聞いてきた。

「いや…相葉ちゃんがちょっと…」
「ふ〜ん…?」
 特に関心はないようだ。ショウはまたテーブルに向かうとレタスチャーハンを食べ始めた。
「松潤助けて…俺っ…頼れるの松潤しか居ないんだよ…」
 電話から伝わってくる相葉ちゃんの声に嗚咽が混じっている。
「まずさ、そこどこかわかる?」
「変態ホテル…だと思うぅ…」
 変態ホテルとはあのホテル街にあるラブホテルだが他のホテルとは異なり、SMグッズやマニアックな大人の玩具が置いてあるため誰が言い出したかは分からないが皆変態ホテルと呼んでいる。
「変態ホテルか…今オヤジは?」
「松潤に電話かける少し前にお風呂入りに行った…」
「…!?…一人なんでしょ!?なら逃げろよ!!」
「逃げれたらとっくに逃げてるよ!…逃げれないから助け求めてんじゃんっ…」

すると電話越しに相葉ちゃんを監禁しているオヤジの声がかすかに聞こえた。
「あっ!いいえ〜!……松潤のバカっ」
「大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないよ…手錠で右手ベッドに繋がれてるからこっから動けなくてさー」
「ふーん…」
「前みたいにヤる前にお金貰って逃げようと思ったら『今回は逃げられないようにねー』って」
「…相葉ちゃんからついてったんでしょ?」
「そうだけど…」
 アホか…
「自業自得じゃん?」
「でもっ…助けてよ!こいつヤバいのっ!」

 

「とりあえず助けてよっ」
「わかったよ…部屋番は?」
「あー…504!504っ!」
「急いで十分でそっち行く」
「早く来てよね!」
「わかってるよ」


──
ガチャン──

 潤は電話を切るとずっと背を向けていたショウの方へ振り返った。するとショウは潤のチャーハンへ手を伸ばしているところだった。
「おい!俺のチャーハン食うなよ!」
「だって潤ずっと電話しててチャーハン冷めちゃうもん」
「だからって食うなよ。ショウの方がずっと多くよそったんだからさぁ」
「…ごめん」
 ショウはシュンとしながら手を引っ込めた。
「いいよ、俺ちょっと出かけてくるから食べても」
「ホント?」
 するとショウは引っ込めた手をまた伸ばして潤のお皿を手繰り寄せた。
「ああ。あんまり食べ過ぎないようにな」
「うんっ…あ、どこ行くの?」
 ショウはチャーハンを食べながらたずねてきた。
「あー隣町。相葉ちゃんがなんかに巻き込まれたらしくてさ」
「ふーん…」
 潤は携帯と鍵を持つと靴を履いた。
「俺鍵持ってくから出たら鍵閉めろよ。お皿は流しに置いておけば洗うし…パソコンも使って良いから」
「わかった…いってらっしゃい!」
「ん、行ってくる!」
 玄関を開けると冷たい風が部屋に入ってきた。
「寒っ!早く玄関閉めてよ!」
 ショウは肩にかけている毛布の端を掴み体に巻き付けた。

「あ、ごめん。じゃ行ってきます」
「いってらっしゃい!」
 外へ出てしばらくすると鍵を掛ける音がした。
 急いでアパートの外階段を降りるとすぐさま自転車に飛び乗った。駐車場へ行き車に乗っていくよりも自転車を飛ばした方が早い。
「寒…」
 いくらまだ本格的に冬になってないとはいえ夜に風を切って走ったら肌寒い。頬に当たる風がカマイタチのようだ。
 やはり冬物のジャケットを出してきた方が良かっただろうか。しかしまだクリーニング屋に冬物は預けたままだったことを思い出した。
 そうこうしてる間に相葉ちゃんが居るホテルまで後少しになっていた。

ホテルに着くと自転車をとめ中へ入っていく。ここは嫌だが何度も来たのでフロントの人とは顔見知りだ。
「すいません!」
「…なんですか…?」
「504に友達が来てるんですがなんか監禁されてるらしいんですけど」
「それで…?」
 訝しげにフロントにいる従業員が聞いてきた。
「かなりヤバいらしいんで助けに来たんで開けてもらえませんか?」
「ちょっとそれは」
「店長に松本って言えばわかるんで!」
 すると無言でマスターキーを差し出してきた。
「何かあっても知りませんよ」
「ありがとうございます!」
 急いでエレベーターへ向かうとすでにエレベーターが来ていた。ボタンを押し扉を開けると中へ入り五階のボタンを押す。ゆっくりと扉が閉まりエレベーターは上へ向かっていった。

五階へ着くと504号室を探す。エレベーターから一番遠い部屋だった。
扉は防音になっていて廊下は静かだった。鍵穴にフロントで借りたマスターキーをさしてクルリと回すとガチャッと大袈裟な音を立てて鍵は開いた。
 重い扉を力を入れて開けるとすぐさま相葉ちゃんの叫び声が聞こえた。
「ちょっ!やだって!やだやだ!さわんなよっ!!」
「痛っ!」
 どうやら変態オヤジは相葉ちゃんに思い切り蹴られたらしい。御愁傷様。
 中へ入りベッドの方へ向く。
「ちょっとさぁ…俺の相手に何やってるわけ…?」
 眉間にしわを寄せてちょっと演技しながら声をかけた。
「松潤!遅いよっ!」

「だっ、誰だ君はっ!」
「俺?そいつの彼氏」
 違うけど…。
「そーだそーだ!変態オヤジっ!」
「早く返してくれないかなぁー」
 低い声出してもうすぐキレそうな演技。
「いきなりなんだね!」
「離せっ!バカっ!」
「手錠の鍵は?」
 ベッドに近付いていってオヤジを睨みつけて脅す演技。
「なに言ってんだ!」
「おら、早く鍵出せよ!」
「出せ!早くはずせっ!」
 変態オヤジの着ているバスローブの襟を掴んでガン飛ばす演技。そして相葉ちゃんは暴言はいては暴れまくり繋がれた手錠がガチャガチャ音をたてている。

「ひぃ…ま、待ってくれ!今出すから!」

そう言うと変態オヤジはバスローブのポケットから鍵を取り出し渡してきた。それを無言で取るとすぐさま相葉ちゃんの手錠を外してやった。
 相葉ちゃんの手首は暴れたせいで赤くなっていた。
「ばーかばーか!」
「ほら、行くよ」
「変態オヤジっ!」
 相葉ちゃんの荷物を持つと部屋を出た。
「あー服着たまんまで良かった」
「借り一だからね」
「う…」
「何で俺がお前の恋人の振りなんかしなくちゃいけないんだよ…」
「松潤の演技は凄かったよ?」

エレベーターを開け中へ入っていく。
「そう?」
「最高だったよ!だってあの変態オヤジ大人しくなったじゃんっ!」
「あれはあいつが正真正銘のサドじゃなかったから」
「そんなことないって!」
「相葉ちゃん襲われそうになってたんでしょ?それにしては弱いよ」
 一階に着きフロントにマスターキーを返す。
「ありがとうございました。店長によろしく言っといて下さい」
「松潤ここの常連?」
 うひゃひゃと笑いながら聞いてくる。
「まあね」
 外に出ると止めておいた自転車を押しながら歩き始める。
「ね!後ろ乗っけてよ!」
「は?」
「高校の時みたいにさ!」
「俺が後ろに乗せてたのは相葉ちゃんじゃなくて翔だから」
「俺だって乗ってたよ!」
 プクーっと頬を膨らまし反論してくる。
「…明日でも翔の墓参り行こうか」
「そーだね、ここ最近忙しくて翔ちゃんに会いに行ってないからね

潤は自転車に跨ると相葉ちゃんの方を振り返った。
「ほら、乗りなよ」
「乗って良いよ」
「やったー!」
 後ろに相葉ちゃんが飛び乗ると自転車をこぎはじめた。
「翔ちゃん寂しくしてるかなぁ?」
「そうだな…もう半年以上行ってないからね」
「いつ行こっか」
「来週の休みにでもしようか」
「うんっ!…ねぇ!」
「なに?」
「久しぶりに松潤ち行きたい!」
「は!?」
 突然のことで転びそうになった。
「あっぶなー!だから松潤た行きたいのっ」

「いや、ほら、散らかってるし」
「松潤ちいつも綺麗じゃん」
「相葉ちゃん疲れてるでしょ?」
「別に疲れてないよっ」
 家の近くの交差点にさしかかる。右を行けば俺の家、左を行けば相葉ちゃんの家。迷わずに左に曲がった。
「あーっ!」
「ちゃんと届けてあげるからさ」
「ね、松潤なんか疚しいことでもあんの?」
「や、疚しいことなんて無いよ?」
「なーに動揺してんだよっ」
 そう言うと相葉ちゃんは掴んでいた肩をバシッと叩いた。

「痛いって」
「松潤冷たーい」
「ほら、着いたよ」
 キッとブレーキを鳴らし自転車を止めた。
「じゃあ明日学校で」
「待って!松潤!」
 自分の家の方に自転車を向けペダルに足を掛けたら呼び止められた。
「ん?なに?」
「今日はその…ありがとねっ!」
 そういうと相葉ちゃんは猛ダッシュで部屋に入っていった。
「…言い逃げかよ…」
 ポツリとそう嘆くとショウが待つ家に帰っていった。