「松潤こっちこっちーっ!」
最寄り駅の改札で雅紀がちぎれんばかりに手を振っている。
「お待たせ」
潤は待ち合わせ時間から30分経っているというのに、『今が待ち合わせ時間』と言わんばかりの表情で歩いてくる。
「松潤遅いよー!」
「ごめんごめん」
前々から今日は二人っきりで約束していた。
「新宿?だよね?」
「相葉ちゃんが言い出したんじゃん?」
数日前、学校帰りに二人で話していると突如雅紀が「“しんじゅくにちょーめ”行ってみたい!」と言い出したのである。
新宿二丁目。
ゲイが集まる街、である。
潤も少しは興味があり、死ぬまでに一度は行ってみたいなんて思っていた。
「新宿!新宿だよ!」
二人は新宿までの切符を買うと電車に乗り込んだ。
二人が住む町は決して田舎なわけではないが、窓を流れる景色が都会になっていく。
「松潤!まだ!?」
「あと二駅だよ」
雅紀はソワソワと落ち着かない様子で外を見ている。ビルの隙間から都庁が見えた。
「新宿次だよっ!」
「わかってるって」
アナウンスが新宿に着くことを告げると電車がホームに滑り込んでいった。
人混みに混じって電車から降りると都会独特の香りと共に人のざわめきが増す。
「東口だよね!?」
「そうだよ」
改札を出て見つけた地図を見た。案外駅からの距離があるらしい。
「松潤どこっ!?」
「ほら、ここじゃん?」
潤は『二丁目』と書かれている所を指さした。
「行こう!」
雅紀は潤の手首を掴むとグイグイ引っ張っていく。
しかもそれは適当に進んでいくので、違う道へ行こうとしていた。
「相葉ちゃん、こっちだって」
「え?どっち?」
「だからこっち」
今度は逆に潤が雅紀の手首を掴んで引っ張っていく。
雅紀は潤の行く方向がわからず後ろから追いかけていたが、何となく行く先が見えてきたので潤の横に並んで歩きだした。
「どんななんだろ!?」
「さあ?」
そんなやりとりをしながら歩いていると辺りの雰囲気が変わりだした。
わかる人にはわかる、といったところだろうか。
何も変わりない街なのだが、普通のスナックなんかが“ゲイバー”とかになっている。
「…着いた?」
「じゃ…ないかな?」
人の流れを逆らうこともせき止めることもなく、ただ二人は立っていた。
「どうすれば…いいの?」
「は?相葉ちゃんが来たいって言ったんじゃん!」
とりあえず二人は辺りをウロウロとすることしにした。
「松潤、本屋さん入ろ?」
「良いよ。」
中に入って見渡すと普通の本屋には売っていないようなタイトルが目に付いた。
「なにこれ!?」
「大声出すなって!」
「ホモセクシュアル…?」
雅紀は一冊の本を手に取ると疑問符を浮かべながら題名を読み上げた。
「…バカ?」
「は?バカじゃないしっ!」
「俺これ買うよ」
「え?松潤買うの?」
潤は雅紀が持っていた本を取り上げるとレジに向かって歩きだした。
「うん、買うよ」
「買ったら見せて!俺も読みたい!」
「相葉ちゃん読めるの?」
「俺だって本読むって!」
二人がレジの前でやり取りしていると突如後ろから同時に肩を叩かれた。
「二人とも仲良いね」
いきなりの事に二人はビックリして飛び上がった。
「そんな驚くことないじゃないか」
肩を叩いた男は二十歳前後だろうか。いや、それ以下にも以上にも見える。
「なっ…なんですか?」
「一緒にどっかでお茶しない?」
「へ?」
「あ、別に怪しいやつじゃないよ?はい」
差し出された名刺にはデザイン事務所の名前と共に、『大野智』と書かれている。
「大野…さん?」
「うん」
雅紀はその名刺を受け取るとただの紙切れでは無いかのように、透かしたり近くで見てみたりしている。
「ばかっ!」
その様子を見ていた潤が雅紀の頭をはたいた。
「ははっ、君たち面白いねぇー」
「いえ、そんなことは…」
潤はそう言うと苦笑した。
「君たち“ココ”来るの初めてでしょ」
「そう!初めてだから、んぐっ!」
潤はペラペラと喋りそうになる雅紀の口を手で押さえて塞いだ。
「もしかして付き合ってる?」
「ばっ!そんなじゃ!」
「プハッ、違いますよー。俺たち同じ人好きなの。ねっ、松潤?」
慌てて潤が手を離した隙に雅紀はペラッと話してしまった。
「へぇーそうなんだ。ならライバル同士なんだね」
「うんっ」
「立ち話もなんだからどっか入ろうか」
「行く行くっ!」
潤が唖然としていると二人は仲良く歩きだしてしまった。
「ちょっと待ってよ!」
「あ、松潤まだ本買ってなかったの?」
「そうだよっ」
潤がそう言うと、雅紀と大野さんは立ち止まった。
「早くしてよ〜?」
「ふざけんなっ…」
潤はブツブツ二人への文句を言いながら会計を済ませた。
「行くよっ!」
雅紀が潤の腕を掴むと潤はそれを振り解いた。
「行くってどこ行くんだよ」
「すぐそこの喫茶店だよ。怪しいお店じゃないから安心しな?」
「だっってさ!」
「ほら、潤君行こう?」
潤は「何で俺の名前を知ってるんだ」と言わんばかりの表情をしている。
「いいよ雅紀君、先行こうか」
そういうと大野さんは歩き出した。そして大野さんの横を付いて行く雅紀を、潤は追う様にして付いて行った。
本屋を出て五分もかからなかっただろうか、目的の喫茶店の前に着いた。
そこは、普通の町にあれば普通の喫茶店なのだろうが、この町にあると『異空間』に感じる、そんなところだった。
しかし中に入ると、女性は少ない。いや、居ないと言った方が正しいだろうか。大野さんと雅紀はウエイターに誘導されて空いている席に座った。
「ほら潤君、こっちだよ」
大野さんがそう言うとその前に座った雅紀が手招きした。
潤が雅紀の横に座ると大野さんはメニューを開いて二人に差し出した。
「どれが良い?好きなの頼んで良いよ」
「じゃあ遠慮なく!」
そういうと雅紀は真剣にメニューを選び始めた。
「潤君は何にする?」
「なんで大野さんは俺の名前知ってるの?俺自己紹介して無いじゃん!」
潤が眉間に皺を寄せてそう捲し立てると大野さんは平然と言った。
「雅紀君が『マツジュン』って呼んでるでしょ?そうなると大体『マツ』は苗字で『ジュン』が名前。だから潤君。間違ってた?」
「…間違ってないです」
「そうだ!松潤自己紹介して無いじゃん!しなっしなっ!」
ハッと気付いたらしく雅紀は二人の会話に口を挟んだ。
「あ、松本潤です」
「やっぱそうだ」
大野さんは嬉しそうに笑った。
「相葉ちゃんは?」
「さっきここ来るときに歩きながらしたっ」
「あ、そう…」
三人はそれぞれ飲み物を注文してそれを飲み終わると喫茶店を出た。
「奢って頂いてありがとうございます。…ほら!お前も!」
「ありがとうございます!」
潤が促すと雅紀はペコッとお辞儀した。
「いや、いいんだよ。二人と話して楽しかったし」
そう言うと大野さんは照れ臭そうに頭を掻いた。
「あ、また会わない?名刺に連絡先書いてあるから暇なときに連絡してよ」
「あ…はい」
すると大野さんは潤の腕を掴むと耳に口元を近付けた。
「……フー」
潤は大野さんがなにか言うのかと思っていたが、いきなり耳元に息をかけられ耳を押さえながら飛び上がった。
「ちょっ!」
「あはは、うそうそ」
大野さんは再度耳に口を近付けると、雅紀に聞かれないよう小声で話し出した。
「潤君とはあまり話が出来なかったから、今度は雅紀君抜きで会いたいな」
そう言うと大野さんは「じゃっ!」と言って帰ってしまった。
「なにっ!?何言われたのっ!?」
「相葉ちゃんには言わないよ。さ、帰ろうか」
潤はクスクス笑いながら新宿駅に向かって歩き出した。
「松潤待ってよ!」
「置いてくぞ」
「待ってー!」
二人は並んで歩きながら翔がいる生まれ育った街へと帰っていった。