アクセス
バス時刻
宿泊料金
宿泊申込
歳時記
写真帳
ボランティア
ブナハバチ
出会い
TOPへ
ブナハバチ(ブナハバチの幼虫)とブナ
ブナハバチとはなんでしょうか、研究者でもない私たち一般の者は本当に知らない事が多いのです。然し今、知らないでいられない、大きな問題になっています。なぜならば、この虫と私たちが飲む水と密接な関係があるからです。丹沢山塊は正に県民の水瓶です。年々危惧されている、山塊の自然が致命的な打撃を受けています。丹沢で、山頂一帯にブナの原生林を抱える最後の砦、檜洞丸のブナが、今、まさに終わりを告げるかもしれません。去年の被害を記録しましたのでご覧ください。
桧洞丸で見るブナハバチの成虫は、体長約1センチぐらいで、全体が黒く、丁度一般に見るハエを細くしたような形です。春、5月頃に山中を飛び回っていて、ハチという名から不安を感じますが、人を刺すということはないようです。時期にもよるでしょうが、体の大きさの割合いからして腹の部分が大きく、潰すと、異常なほど、水っぽいです。問題の幼虫はブナの芽吹きの頃に成虫によって新葉に卵を産み付けられ、卵はたちまち孵って幼虫になり、ブナを食べつつ脱皮して青色から、黄色、又はやや茶色が勝った色の、体長3センチぐらいの虫に成長します。(下段の写真をご覧ください)この幼虫が、ブナの葉を食いあさり、大きなダメージを与えます。
2010年は4年に一度の大発生の年という騒ぎがありましたが、特別なこともなく過ぎ、次の年の2011年、記録的大発生をしました。
青ヶ岳山荘では、山小屋経営の傍らボランティア部を置き、山の塵ひろいなどをしていますが、山に長く居る時間を活用し、さらにボランティアの手を広げて、ブナハバチの被害にあったブナの観察に当てることにし、2011年から観察記録を始めました。
ブナハバチは1993年に大発生をして初めて注目されたといわれ、今年2012年からさかのぼると19年前のことになります。然し詳しい解明はいまだされていないのが実情ということです。
調査研究者のリンクを下段に設定しておりますので、ご覧下さい。
ブナハバチに関するリンク集
北海道立総合研究機構林業試験場 北海道美唄市光珠内町東山ブナハバチ

神奈川県ブナハバチ調査(結果)速報

神奈川県のブナ 研究連携課害虫(ブナハバチ)の大発生

ブナ林の衰退実態調査

19年度発表の神奈川県の調査もリンク設定。(成虫の写真あり)

ブナ林の衰退実態調査
この頃の山の景色
毎年春には黄色い提灯状の物体がぶら下がります。
上記リンク設定の19年度発表の神奈川県の調査によれば、誘因トラップという調査のために、ブナハバチを捕獲するものだそうです。
ブナハバチの誘因とラップ
2010年のトラップの中 2011年には中は真っ黒。
2010年も、その前もまわりには黒い虫の死骸が輪を描く程度だった。 2011年の様子。虫の死骸が分厚く沈殿していた。
6月12日の稜線木道。
6月11日振り返ってみる桧洞丸は緑にあふれて、うっすらと掛った霞が、この山に襲い掛かる様々な迫害に、痛みきっている様相を隠していた。実に美しく、思わず合掌をして帰路に向かった。
ツツジの散る山肌。
咲き誇ったシロヤシオとミツバツツジは、地面を飾って、今思えば、最後のはなむけと言わんばかりだった。
被害の実態
下山から10日後、6月22日の木道地点。
それがたった10日後、山は想像もつかないほどの有様に変わった。6月22日稜線の右手、南側はスカスカ状態。
食害を受けたブナの木。
すっかり、葉を失ったブナが中空にその姿をさらしていた。被害を免れたかと思って緑の木のそばに近づいてみると、モミジやカエデ、サワグルミや、ツツジ、シナノキなどである。
潰したいけど手が届かない・・・!
幹には、無数のブナハバチの幼虫が、見上げてみてどこで行きど止まっているのか、わからない高さまで這い上がり・・・・。
マルバダケブキの上にも音を立てて落ちる。
思わず虫を撫で潰すと、ブナの幹の苔とともに、幼虫が雨のように音を立てて、頭上に降った。
その他の被害状況←こちらの文字をクリック。
捕殺された、粘着トラップの幼虫。
テープに貼りついたブナハバチの幼虫。画面にテープの全体図をリンク設定しています。画面をクリックして、ご覧ください。
他のサイトにも表示されていますのでご覧ください。これは、粘着トラップというもので調査のために、幼虫を捕獲するものです。上記のリンク設定を開いてご覧ください。
ブナの木に、このように粘着トラップは巻かれた。
テープをまかれたブナの大木。上の写真の全体図ですが、すでに隙間はないほどついています。写真記録は2枚とも6月22日です。
落葉
ブナハバチの被害を受けたブナは、その被害の度合いが大きいと、葉脈を残して、葉のすべてを失い、養分を必要としなくなるために落葉します。落葉時期は6月下旬から7月に落ちます。
2011年7月8日の映像です。まだ青い部分を残し
ほぼ骸骨状態になって散っています。右下段は一枚の葉の拡大図です。

また虫が、かたまって死んでいるものも見かけました。理由はわかりません。
落葉の様子。
プールと言われる虫の塊。 食害の葉のアップ。
ブナの第二展葉
落葉したブナは、季節的にもまだ葉に養分を送る体制でいるために、2回目の芽吹きをします。それを第二展葉(だいにてんよう)と表現しています。然し、7月下旬から8月上旬に芽吹いたブナは秋になるまでに、充分な栄養を受けられないうちに、寒さを迎え、枝葉に養分を送るその年の機能が終わります。したがって、芽は細く小さく、次の年の春に健康な芽吹きを迎えられるかどうか、非常に不安を抱えることになります。
第二展葉をしているブナの新芽。
ブナは樹高があるために観察不可能な事が多いのですが、ブナの第二展葉をしたばかりの低い地点の木を見つけて、写真を撮ることに成功しました。8月5日の記録が記載されています。食害にあった葉を残しつつ、微毛にくるまれて芽吹いたブナは、陽を浴びると正に黄金色に輝きます。
パラパラと芽吹いた第二展葉。
8月14日気になる大木が展葉を始めていました。たまたま足元に落ちていた葉を手にして写真を撮ってみました。白いメモリは1センチ間隔にカメラを下げる紐に記した物です。その葉は初々しくも弱く、新芽特有の赤い覆輪を挿しているが、葉の展開も力強くと言う感じではなく、芽吹きもまばらで、まるっきり芽吹かないものも有リました。
本来のブナの葉。
これが、食害にあわなければこの時期にあるべきブナの葉です。丹沢のブナは東北のブナと個体差が違い、葉は小ぶりで引き締まり、東北のブナと比べて細身です。然し、丹沢にも葉の形態が微妙に違うものがあります。
風に吹き寄せられて・・・。
山に来るたびに見る、地に落ちたブナの葉の姿。
定点観測の始まり
青ヶ岳山荘ボランティア部では、山小屋を観察拠点に出来る特性を生かし被害を受けたブナの観察を3年を目安に続けてゆくことにしました。
2011年は遅い春だった。とても寒く、今か今かと小屋の前からブナの芽吹きを待っていた。この遅い芽吹きがブナハバチの産卵時期に合致して、大発生のブナハバチの食害をまともに受けたのです。
定点観測の木。
5月20日、寒さのためか、勢いよく出そろったとは言えない、ブナの新緑。小屋の前から撮影した映像です。偶然、この写真を撮ったときは、まさかこの先ずっとこの木を撮り続けることになるとは、思いもよりませんでした。
手前の木は、サワグルミとイタヤカエデ、中央の木が食害のブナの木。
6月22日、山に来たときは、あまりにも凄いブナハバチの食害に衝撃を受け、茫然自失の有様で、絶望感だけに打ちひしがれていました。
「もう山に来る意味がない」そう思いつつ、このまま見捨てる事ができるのかと、それで平気かと自問自答しつつ、ブナハバチに身ぐるみはがれたようなブナを見るのがつらく、外に出る回数がめっきり減ってしまいました。然し、「やることがある」という思いがわいてきて、それは、この現実を記録する。ということでした。6月22日に登って、7月11日に下山。台風の襲来で入山待機。そして7月31日に台風で荒れた林道を四苦八苦して通り抜けて入山。そしてその思いを始めて行動に移して、撮った写真でした。雨の多い年で、この日も霧雨が降っており、小屋の入り口で、ここならば大雨が降っても、毎日写真が撮れると思ってシャッターを押したことが忘れられない定点観察の始まりです。8月1日11時55分でした。
被害のない、モミジやカエデに囲まれて食害のブナは点在している。
8月1日同じ日に、中間地点から撮影。
観測のブナの頭頂部のアップ。下枝は数か所、被害を免れている。
8月1日最も近い距離から、頭頂部をアップで撮る。このようにして、ほぼ毎日、小屋にいるときは記録写真を撮ることになった。後ろに見える大木はカエデの木です。
細々と第二展葉
8月8日、他のブナと同じく、細々と第二展葉をし・・・・。
黄色味を帯びて秋を知らせる。
10月27日、紅葉もし・・・。
霧氷を纏う小枝のある幸せ。
12月9日、霧氷にも彩られた・・・。そして長い冬の極寒地獄に身を置く時を迎える。
その他の観察
身近な観測点。
この木は檜洞丸のブナの種を育てて、記念樹として届けて、生育を見守っているものですが、全長2メーターぐらいのブナです。この木も小さいながらブナハバチの被害を受けました。ブナハバチは高いところに卵を産む習性があるために、低い枝や木は比較的被害が少ないのです。この小さいぶなは葉肉の部分を比較的多く残したためか、第二展葉をしませんでした。写真で見て分かるように、部分的に完全に、葉肉を失っているところもあります。然し、全体的に冬芽は結構充実をしていて、これが来春に、健康に芽吹いてくれるかどうか、今から注目をしています。南面には第二展葉をしない大木もあります。果たしてそれが、いい結果を招くのか、そのまま枯れてゆくのか、これもまた、観察対象です。この写真2枚は8月7日の映像です。
折れた茎、芽の中も緑色であった。
10月16日、記念樹の先端が折れていたので、採ってきて、芽の充実を見てみると、食害にあった木ではあるが芽は来春の葉が詰まって、充実しているように見えました。
小さい冬芽
それに引き替え、完全に葉肉を食い尽くされて、第二展葉をしたブナの芽は強い風や、飛来物にも弱いのだろう、芽も欠け、大きさも、本来の4分の1ぐらいの貧弱さだった。この映像は12月27日で、たった1か所稜線上で、カメラが届くところに被害を受けた木があり、観察に恵まれた地点です。枝は大切にして、2012年の芽吹きの観察に当てたいと思います。
ブナの生態と調査
保全センター研究連携課が設置の調査用のソーラー発電。 登山者の皆さんからよく質問される調査のための県のソーラー設置地点です。
白いプロペラ状の風力機は、現在、檜洞丸だけに設置されているようです。
柵を破りシードトラップの周りを徘徊する鹿。 クラゲ状に目立つ機材も、よく質問されるものですが、神奈川県のリンクを開いて調べてみてください。
植物保護柵を破って入り込んだ鹿がしばし右往左往しています。
金網が曲がるほど、強い力が加わっているのを見ると、大概朝には入っているので、夜中に他の動物との接触で、行動を起こすのかもしれません。鹿の目は夜、ライトの光で赤く光りますが、
犬ぐらいの大きさで、黄色く光る目の動物を秋の夜に、2回見かけました。
その他の害虫
ブナアオシャチホコ

この虫は、ブナを食べる虫で、ブナハバチより約一か月後に活動します。
7月11日に下山の際、すでに山頂のブナハバチの幼虫は、姿を消していました。ツツジ新道のかなり下で、ゴロゴロと肥ったブナハバチの幼虫がいると思ってみました。これがブナアオシャチホコでした。太さも、体長も大きく3センチを超えていました。
一般社会人のサイトにも載っていますので検索してみてください。
ブナアオシャチホコ
シンクイムシ

この虫は平地にもいて、当方の知る限りでは、ブナのほかに、ツツジの被害が大きいように思いますが、何にでもとりついて、ぐるりと木の周りを回って食べて木の中心に食べ進み、さらに上下に向かって食べ進みます。かなり膨大なオガクズ状の糞を輩出するために、被害を知ることになります。よく知られた虫ですが、野菜にも取りつき、枯らします。この取りつかれたブナの小さい木は周囲10センチ程度の大きさですが、鹿除けに巻いたネットが台風のために倒れたと思い、点検修復を試みた際に、発見したものです。すでに形成層(枝葉に栄養を送る木の皮の下の青い部分)は、完全に破壊されて、再起が危ぶまれます。
シンクイムシの被害を受けたブナの根本。地表と同じ色なので、気づきにくい。
シンクイムシの糞

ブナの木の付け根をアップしました。膨大な糞を輩出して、大きな穴をあけています。糞は綿のようにからんで、一掴みに茶色い塊になって、木の周りに巻きついています。季節的に、活動期に入った時期に、ストロー状のもので、塩水などを注入すると白い、芋虫状のシンクイムシの幼虫が這い出てきます。
とりあえず、支柱を立てて置くだけになっていますが、かなりぐらがらしているので、手遅れかもしれません。地表すぐ上から食べています。

シンクイムシは平地と同じ個体なのかどうかは、確認していません。
幹の周りを食べきってしまう、シンクイムシの糞の塊。
小屋からよく見える地点のブナの苗木でした。
何かをするということは、大勢集まり、楽しみとともに行動するために、比較的に容易です。然し、そのあと見続け、管理して整えるという地道な行為は、100倍の熱意と労力が必要です。

虫は、風通しの悪さ、加湿、用土の悪化、様々な要因が、虫を呼びます。弱ってきた植物は一種独特の匂いを出します。その匂いと同時に虫が大発生します。花き温室のブログブナハバチをご覧ください。
シンクイムシはどこにでもいる虫。
様々な原因 
大気汚染の問題は色々な機関で取り上げていますが、山と渓谷社でもすでに、1996年の時点で取り上げて記事にしています。ご覧ください。→こちら←をクリック。
地震との関連神奈川工科大学地震予知研究矢田直之準教授の研究では地盤の摩擦によるイオンの放出量の測定などをしていると共に、地震前における動物の異常行動の研究もしているということです。特に驚くべきことは、様々な動物が、逃げるという行動をとって暴れる映像の中に、現在までの観察に地中の虫である、ミミズが一斉に地表に出る行動が確認されているということでした。
昨年春、ブナハバチの被害にパニック状態の頃、関係諸氏が調査で山に訪れた。その際、何が原因だろうと、話が及び、地震の影響もあるのでは、という当方の見解は、すべて、無反応であったが、動植物は、刺激によって動く。それは植物を長く手掛けた経験として言える。植物の種をまき、植え替えをし、それで数十年の歳月を送ったものであれば、誰一人反論はしない。今回のことも、孤立した問題でなく、すべては連鎖しているのではないかと思わせる。
2012年の昨年から頻繁に起きる地震に、2月16日12時過ぎに5チャンネルで地震予知の研究として、放映していた内容は無視できなかった。当ボランティア部の考えに、相槌を打たれた気がした。毎年うるさいほど啼く鳥が啼かないのも、その要素を秘めているのだろうか。

植物と環境の書籍紹介
木村のリンゴで有名な著書。
テレビでも紹介され注目の自然栽培農法家ですが、そのきっかけは、家族の薬害だったということは、何にも勝る説得力です。
文中、背筋が寒くなるような文字に、害虫とよばれる虫たちは、生態系のバランスが崩れている時にそれを修正するために発生しているのではないでしようか。ひょっとすると人間が口にしてはならないもの、たとえば残留農薬や、過剰な硝酸態窒素などを食い尽くしてくれているのが害虫なのではないか。(62ページから抜粋)虫は有害物質を摂食(食べて)排泄し、無害化するための、自然のサイクルだということです。無農薬、無肥料を取り入れた事による、強烈な反動に苦しんだのち、本来の自然の状態に修正された健康な植物に虫は寄ってこなくなった。と述べています。そのような観点からすると、檜洞丸や、その他の山に残っているブナは、人々に清浄な水と空気を与えるという機能を失い、風霧に長く送り続けられ、蓄積居された、有害な物質は、そのまま木を枯らすとともに、膨大な虫を目覚めさせ、修正するための最後の手段かもしれないと、考えることもできます。大気に渦巻く有毒物質が、決していいものではないことは、だれもが否定はしません。物言わぬ木々がこのような形で訴え、リセットされたとして、この森は又、千年の後に再生するのだろうか。この過渡期に立つ私たちが、この時代に存在する役割は大きいのです。この森を守りつつ、海水による飲料水の利用、空気中の湿度による水の摂取など、様々な分野で研究する時に向かっているかもしれません。
また、特に応えたことは、農業の専門書や、参考書で頭がいっぱいになり、純粋に自然を観察する目を失っていたのです。(本書27ページから抜粋)と書かれています。
人は見る、感じる、考える、そして、行動する。ボランティアのページに長く掲げた、当ボランティア部の不遜とも生意気とも受け取れる言葉が、この本では肯定されていました。植物に直接たずさわる人でなくても、自分の健康のために、是非ご覧ください。
興味のある方は創林社
同じ思いの人がたくさんいるのですが・・・。
思いから、立ち上がる第一歩の大変さ・・。
この2冊の本は、青ヶ岳山荘を訪れた増田さんから、当ボランティア部に強い共鳴をいだき、紹介されたものです。化学物質の被害にあった彼女が、食物・衣類・洗剤・日常備品に含まれるあらゆる化学物質に拒絶反応を起こし、日常生活ができなくなるという逆境で、それを克服するために、試行錯誤の苦しみと道開きの中で、本来人が暮らしてきた自然の尊さと偉大さを、強い説得力で語り得る存在となっています。
又、日と土と水の文中では殺虫剤に、除虫菊が使われていることに触れ、除虫菊の成分は殺虫成分が弱いので虫を殺すより、匂いで寄せ付けない。と書かれている。今、檜洞丸では、トゲの鋭いアザミの他、毒草のバイケイソウ、マルバダケブキ、が繁殖している。他に繁殖の凄いヤマシロキクだが、毒があるか否かな定かでない。除虫菊とヤマシロキクでは、成分が違うだろうが、匂いは、強烈なものがあるだろう。また現実に、この菊に、有毒成分があるとしたら、動物はやはり賢いと言える。よもぎを燃して、殺虫効果を上げるわけだが、除虫菊も燃して、殺虫効果を利用するという。(ネット検索)果たして、ヤマシロキクを燃してアブやブユが払えたら、これも、なるほどかしれないが、山は特別保護区でそれもならないだろう。自然界にある殺虫効果は、いかにも無害のように思われるが、強いか弱いかの差で、毒は毒である。こうしてみると、アレルギーに苦しむ人が増えている中にもふと、我々も酸いも甘いも乗り越えて、凄い生き者というほかはない。それも、じわじわと音もなく足元が崩れているのだろうか・・・。


写真展にて訴える
今年は9月4日から17日までと決まりました。
県立相模原公園のグリーンハウスサカタのタネの展示場にて行っています。
2010年には桧洞丸の荒廃。2011年にはブナハバチが加わり、今年度2012にはその経緯の記録を展示して、皆さんに訴えてゆく予定です。詳細は、追って表示いたします。
写真展のある日。


自然を守ることは自分を守ること
昔、丹沢山塊は原生林におおわれていたことは、残っている写真や、先人の紀行文に、見ることができます。然し、時代とともに原生林は失われて、登山者を多く迎える人気の山ほどそれは顕著です。幸い檜洞丸は、主脈からはなれ、入山者も少ないことと、山頂から山小屋が離れていることなどが、原生林の壊滅を免れたと言えます。山小屋としても、どこよりも早くプロパンガスを導入し、旧公園管理事務所から感謝されました。山小屋としても、檜洞丸が原生林を保っていることは、誇りでした。然し、個人のささやかな努力は、加速する環境破壊に届かず、風霧の通り道や、オーバユースと言われる、えぐれた登山道から枯れてゆく大木は、後を絶たず、2010年の春の突風、そして2011年の台風という自然災害は檜洞丸を直撃して、大木やシロヤシオツツジの木々をなぎ倒しました。それにも増して大きな衝撃は、ブナハバチの被害です。原因は複数に及び、自然の巡りは人知及ばぬものがありますが、然しまた、大きな割合で人は自然にかかわっています。意識的にも無意識的にもかかわっているのが現実です。それは国際的範囲に及ぶでしょう。一人の力は小さくても、全員が気を付ければその力は膨大です。私たちはそこに着目し、たった今、些細なことでも何ができるか、日常を振り返って、知恵を出し合い、思い当る環境に対しての思いやりに気づいたら、少しでも改めていきたいものです。(一部、写真展趣旨より抜粋)
                                   ボランティア部 高城律子

神奈川新聞がブナハバチを取り上げてくださいました。
7月17日丹沢自然学校の小林昭五さんの案内で神奈川新聞社足柄支局の須藤望夢記者が取材に訪れました。記事になったのは7月23日でした。このところ丹沢自然学校の方が随分訪れます。ブナハバチの調査をしているのでしょう。
記事内容はこちら
尚、記事の文中で、この山の被害は230本とありますが、それは取材中の食い違いで、躑躅新道から木道に入って頂上を通り、小屋までの間に数えた本数です。
平地での取材とは違い、山の道中は予想外の事もあり短時間に、あわてて、言葉が足りないことがありましたらお詫びしたいと思います。
被害の木の本数に対して、金山谷方面、躑躅新道上部の被害の木は数に入っていません。犬越路方面の稜線も点々と被害に有った木が、薄茶色に盛り上がっています。山頂直下から確認されます。何処までを桧洞丸と言うのかそれによって数の食い違いが生じるでしょうが、同角の鞍部から、石棚の稜線はテシロノ頭を過ぎるかどうか、東は金山谷の乗越し辺りを目安とし、熊笹の峰の鞍部までと言う風に厳密に数えて言えば、1000本はあると思います。


山を守るために
ゴムのプロテクターを付けるのは、山に対する最低限の礼儀です。高額な物でないので、取れてしまった時のために、替えをお持ちください。
このページの写真は、 ボランティア部主宰の高城律子がすべて現地で撮影したものです。

トップへ