アドリブな日々 Back Number 2017
 

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  2017.12.01   とある出来事。多分滅多にないような出来事。

 11月に入り、何故か忙しさがピークに達し始めた、ある夜のこと。まあ全ての元凶は、我が4番目の子供、ポンコツ車のコスモ号に端を発しているわけですが、こいつがまたまたぶっ壊れましてね。で、無駄に忙しくなり、エンジンからピストンからぜーんぶ取っぱずして、オーバーホールを長期間やっておりました。

 その日も都内に用事があり、相棒キャロルちゃんで出かけておったわけですが、ふと思いだしたのです。『  あ”〜〜〜っっ!オイルパン、塗装して放置したままだっっっったあ〜〜〜!   』

 そう、エンジンパーツを路上に放置したまま出てきてしまってた訳です。もう、顔が真っ青になりました。最近常々自分の注意力などの生活総合力が、著しく低下していることは自覚していたのですが、まさかここまでとは。完璧ボケ老人の域です。(結果的に無事回収しましたが)

 で、もう飛ばせるところは飛ばして、急いで帰宅していたのですが、ちょっと広い幹線道路だったのと、夜間交通量が極端に少なかったので、迂闊にも速度が結構出てしまい、タイミング悪く赤信号で、広い交差点に突入してしまいました。 そう、そして、対向車線には信号待ち中の、白黒のポリィースカー(‼️)が忍者のように、ジッとこちらを見ておりました。あ、目があった!!!。。。。。もう絶体絶命、というか、笑っちゃうくらい、パーフェクトな位置取りのパトカーだったので、そこを通り過ぎた時点で、もうこれはさっさと諦めるしかないと腹をくくり、そのまま減速し、車を左に寄せて行きました。

 バックミラーを見ると、かのパトカーが早速交差点をUターンして、加速してくるではありませんか。ので、もうサイレン鳴らされるのは鬱陶しかったので、さっさとハザードをつけ、車を左に寄せて停車し、パトカーが追いついてくるのを待ちました。

 加速してきたそのパトカーは、ウィンカーを出し、私の横を通り、カッチンカッチンとこれもハザードを点滅させ始め、だいぶ前の方に停車しました。

 (  2人の警官が降りてきて「すいませーん、コンバンハ!ちょっとエンジン止めてもらっていいですか。  急いでた? いま、交差点で。わかります?? わかってますよね。赤信号。信号無視ね。こうして、もう止まってますもんね。ちょっとあれは、完全に赤になってましたから、急いでたのかなと思いまして。はい、じゃ、ちょっと免許証を見せてもらえますか?   )

 そういう展開がこれから、繰り広げられ、ゴールド免許が次回から青色になる訳です。まあもうしゃあない。今さらジタバタしても。 さっきのは我ながら、100点満点の非の打ち所のない、見事なる信号無視っぷりだったからなあ。あれ、なかなか警察官降りてこないなあ、、、仕方ない。ちょっと距離があるから、こっちから寄ってやるか。

 そう思い、キャロルちゃんを車をパトカーの10m後ろまで近づけました。 が、まだ、降りてこない。あ、もしかしてライトが眩しいのか?仕方ない、消してやろう。プチッ。

 でも、パトカーからは誰も降りてこないんです。あれ〜、どしたんだろう・・・

 と、今にも赤灯が回り出すぞとドキドキしていたら、なんと、赤灯が回り出す代わりに、パトカーのハザードがフッと消え、ブレーキランプが消え、停車時の左ウィンカーの点滅のみが残りました。そして、数秒後、発進時の右ウィンカーに切り替わり、パトカーはゆっくりと私の前から遠ざかって行きました。

 なんと、見逃してくれたんです。

 ギロチン台に首を挟まれて、身動きの取れない死刑執行前の罪人の前で、断首人がおもむろに刀をしまい、ギロチン台を開けたような図式ですか。一人取り残されて、なんか、あれオレ、いいのか? このまま、また走り始めて大丈夫なのか?よく、わからない状況だ。だが、パトカーは、行ってしまった。何一つ誰何されることなく。

 パトカーに捕まる場合、ちょっとでもサイレンを鳴らされたら、もう99%はダメなのは知っていましたが、一旦、通り過ぎてしまった以上は、その違反に立ち戻ることはないことは知っていました。 思うに、パトカー的にも、ヨシ!!威勢良くサイレンを鳴らして追っかけたるぞ!と思いきや、その相手ときたら、まだ赤灯すら回されてないのに、しおしおと車を止めて、ジッとパトカー来るのを逃げずに、あれ待ってるよ、、、という絵も、結構珍しかったのではないでしょうか。で、毒気を抜かれたとでもいいますか。

 で、車内で協議の末、まああいつは反省してるようだし、今回は特別に見逃してやるか(面白かったし)、とでもなったんでしょう。多分。

 でも、あのパトカーが前方に停車し、(あーやっちまった) ハザードだけ点けて、何のアクションも起こさず、(今に切符を切りに来る!) そして、何も言わずにそのまま立ち去る(へ?なんで???まさか、見逃してくれた状態?)までの、私の心のひき潰されようは、めったに感じれる感覚ではありませんでした。特に最後の、あれ、助かった?(事故しなかったことに感謝せい!)という瞬間の天にも昇るような気持ち、の信じられなさ加減。 と、同時に、物言わぬパトカーのテールライトでしたが、ハザードの点滅から、ブレーキランプの解除、そして右ウィンカーの発進、まで、十分なメッセージが伝わってきました。。

 なんか、そのパトカー(今度は先の交差点で停車していた)を通り過ぎざま、(スンマセンでした)一礼しちゃいました。でも、こうべを垂れるその価値はある、おカタいだけではない日本警察とのちょっとした邂逅、とでもいいましょうか。おおげさですが、別の一面での心の通じ合い、を感じたある夜の出来事でした。もう、滅多にない。貴重な体験。

 師走に入った暮れの夜。忙しい時期だからこそ、改めて安全運転こそがカッコいいんだな、と思います。マジに。
 
     
 
  2017.11.15     2年前、宮崎の車検場で大ゲンカしました。 コトの発端は提出書類で、川崎ではチラ見で済む、我がお手製整備簿が、宮崎ではよほど珍しかったのか事細かにチェックされ、ついには検査が始まってもいつまでも書類を返してくれず、僕も宮崎は初めての車検場だったので緊張で、心に余裕がなかったんでしょう。いい加減アタマにきて『じゃあ、クルマまで来てください。ぜーんぶ説明しますから』とタンカを切ったのが事の始まりでした。

 あっという間に、要注意人物として、休み時間に所内に情報が行き渡ったらしく、肝心の検査の時は、今までにないくらいに、しつっこくあちこちチェックされました。まあパスしたけどね。へん。

 で、あれから2年。また車検のシーズンがやってきました。2年前は、(意地でももう一度、同じ整備簿をあの検査員に突きつけて、車検受けちゃる!)と息巻いていましたが、さすがに2年が経ち、アタマも冷え、そして今回は、様々なミッションを抱えての帰省だったので、正直なところ、犬の喧嘩も恐れるくらいの時間のタイトさでした。なので、今回は市販の整備簿(一応お手製の整備簿は、DIY整備の誇りだったのだが、、)で書類を揃え、車検に臨みました。

 2年前の戦いの場。いやあ、ひとと諍うってほんっと無駄なエネルギーですね。時には人として張らねばならぬ意地もありますが、それにしても、苦い思いが残るのは否めないです。なので、今回は(あっ!!2年前のあの小うるせーヤな奴が、また来た!!!)と思い出させないように、事前にもうとっても超朗らかなる人物像になりきり、平和オーラ、爽やかオーラで、その頬にはうっすらと笑みすらたたえ、受付に行きました。

 そう、ですが、その受付にはなんと、2年前、合格の書類一式をいっぺんに返さず、小分けに返して、明らかなる嫌がらせをした、あの検査官Aが。まだいたか。。。まあいるわな。一瞬であの時の戦いの、きな臭い匂いが脳裏に蘇ってまいりました。で、どうやら向こうも視線が合った瞬間に、何かを感じ取ったようです。いや、目は口ほどに物を言う!!実にそう。

 ですが、あちらさんも不要なトラブルは避けたい、それが人情というもの。お互いに[こいつ、2年前のアイツかあ〜〜?]と、探りながらも表面上は、平穏なやり取りで必要なら、ガッハハ、オッサン笑いも取り入れつつ、書類は問題ナシ‼︎ で返してくれ、無事に検査場に赴く事ができました。元々は親切な方なのでしょう。

 そしてたまたま、また、検査コースにも2年前のあいつ、検査員Bが! これは車検の神から与えられた試練か? どうやら、向こうも[こいつ、もしかしてアイツかあ〜〜?]を疑念を抱きつつ、ですが今回、あまりにもこっちが朝の光を受けつつ、眩しい笑顔の朗らかなる表情で、いい人の振りをしているもんだから、この平和モードに押されて、向こうもとっても良い振る舞いで、応対してくれましたね。

 そして、検査は無事合格。 終わって新しい車検証を何事もなかったかのように受け取り、ひえ〜〜っ、もうホウホウの態で逃げるように車検場を後にしました。

 宮崎は青島付近は実はういろうが名物。ういろうを売る個人商店が、国道沿いに軒を並べているのですが、僕はいつも母の名前と同じ、『⚪︎⚪︎みち子商店』のういろうを買うことにしています。で、今回、車検合格のお祝いに(自分が自分に対して)ういろうをいつものように買いに行き、2つ所望したういろう(一つ¥400-)に千円出したところ、みち子さんがお釣りを¥300−返してくれました。 えっ??という顔をしたところ、『おまけです』と言ってくれました。帰省時だけのたまの客なのに、なんか顔を覚えていてくれたらしく、緊張の後のほっとした心の憩い。いや、なんか田舎、宮崎の人の良さに触れたひと時でした。宮崎人でよかった。2年前はひどい目にあったが。。。

 ここ最近のちょっとしたお話でした。そろそろ秋も終わり、冬の気配が忍び寄ってきていますね。みなさん、お変わりないですか。
 
     
 
  2017.11.01    みなさん、いよいよ寒くなってまいりました。変な台風もようやく治まってくれて、やっと秋らしい陽気かと思いきや、もうかなり寒いではないですか。そう?寒くない。あれ、歳のせいかな。

 断捨離。。なんか、飽食時代の大消費思想かな、と勝手に思い込んで、もったいない派のわたくしナベめには、この言葉がなんだか軽薄に映っていました。ですが、秋ライブも終わり、秋仕事も終わって急にすることがなくなると、いつの間にかこの断捨離というものに知らず知らずハマっておりました。

 きっかけは、実家の洗濯機を買い換えることに、ひと肌脱ぐことになったことで、入れ替え意欲というものに火がつき、また修繕事業の一環で窓のサッシを一新されることになり、リフォーム熱が上昇し、楽器吹くのも忘れて、最近片付けまくってます。

 そうしたらですね、これをここに移動して、とか、これはもうやはり使わないから勿体無いでなく思い切って処分しよう!とか、じゃあ要らないビデオテープ、譜面、カセット、古い書籍にも、断を下す時が来た!とか盛り上がっちゃって、なんか盛大にやっていたら、頭の中で、新しい家の風景が見えてきまして。
そしてなんかこれがとても軽いんですよ。

 出来ることだけしか今回やらないんですが、(タタミ張替えの以前のグイグイお姉さんには電話してない)、断の下し方が、かなり踏み込んだものだと、後々の自由度が大幅に違うものだということが、今回わかりました。 きっと、これは不用な物品が消える数の作用というよりも、それらにいつまでもずっと囚われている心の負荷というものが、大きくのしかかっていたのではないかと。 それらのモノたちへ経年で降り注いでこびりついた、湿った埃同様に、知らないうちにそれらモノへの要らざる執着が、体の中で病的なものへと変化していたような気がしました。

 なので今回、冷静に判断し、それ基準で選抜したところ、本当に要らないモノが、モノたちが大量に出てきました。  まるで映画『千と千尋の神隠し』の中で、オクサレ様(実は名のある川の神)の体内からブリブリ〜と出てきた、川に投げ捨てられた多くの粗大ゴミ。まさにそれらみたいな風景でした。

 家の中をダイエットしている感覚でしょうか。ですが、ただ単純な片付け、ではないようで、不要なモノがはいってくるのを『断ち』、ずっとある要らないモノを『捨て』、そしてモノへの執着から『離れる』。断捨離、とはヨーガ思想の一つらしいです。 確かに、日本古来のもったいない思想だけでは、モノに縛られるばっかりで、その重荷に気力を失いかねないですからね。

 ダイエットにはスターティングポイントというものがあるらしく、その人なりに普通に生活して、体重が増えも減りもしないポイント、というのがそれらしいです。なので、食事を見直せば、先ずはこのスターティングポイントまでは確実に落ちるようで、そこからが本当の減量みたいですね。

 なんで、今回の断捨離。先ずはこのスターティングポイント探しなようです。さーどこまでスッキリなるかなあ。でもさー、最近忘れっぽいんだよなあ。なんか楽しいことやってたよねえ、何だっけ〜?忘れちゃった〜。まあ楽しかったからいいかあ〜、なんてね。 頭の中のスターティングポイントが毎回違うのから、なんとかせんといかんね。
 
     
 
  2017.10.15   私はいつからか屋根というものに深い信頼を寄せはじめていた。

大木みのる詩集より



そう、屋根。。さりげなくすごいんだなー、と時折思います。そういえば、

僕はパソコンゲームのチェスの設定を最弱にし、常勝しているのですが、必ず最後にすることは、相手陣地に到達した歩兵たち(そこで変身できる)を、最強のクイーンに変身させ、それをわざわざ自陣に戻し、5.6人の最強クイーンを外壁(屋根)に仕立てて、その中に自分(王様)を入れ、相手が絶対入ってこれないようにし、そうしたのちにおもむろに、赤裸になった敵の王様を追い立て、その息の根を止めさせる指令を、下っ端の弱っちい部下の歩兵やビショップ(将棋で言う角)とかにさせるのを常としています。性格出るね。 そういえば実際の話、、、


ある休みの日、怪しい雲行きの中、急ぎツーリングから帰りついてバイクを駐輪場に入れた途端、ものすごい雨が降ってきたことがありました。

家に着く途中の雨宿りなら気も重かったでしょうが、すでに自宅は目と鼻の先。駐輪場の板屋根は、簡素ながら雨は十分に凌げるので、時折首筋に降りかかる冷たい雨しぶきをこそばゆく思いながら、愛車しびこさんと共に、ゆったり雨の行方を眺めていたことがありました。なんか楽しかったなー。


またある深夜、第三京浜都築パーキングの駐輪場の屋根の下、バイクを分解中にゲリラ豪雨に見まわれたこともありました。

もう1メートル先は滝のような大雨になりましたが、ちょっと広めな屋根は、雨の割れるすざまじい音こそすれ、ほぼ完全に雨の暴力から、僕とバラバラなバイクを守ってくれました。

そうした狂気じみた外界の荒れ狂う様を、冷やかな(かなり上から目線的な)余裕の気分で、横目にしながら、鼻歌を歌いながら、チャカチャカと作業をしていた覚えがあります。タバコを吸ってた時代なら、作業を止めて、雨がどれだけ頑張ろうが、屋根に守られひとかけらも濡れないこの幸せ感、安心感を、一服くゆらせながら味わっていたことでしょう。


今しがた、ようやく1日の仕事が終わり、夜雨の降るなか、駐車場の愛車コスモちゃんの運転席に身を沈め、サッサと帰ればよいものを、おもむろにコーヒーを取り出して、パラパラとした雨音を聞きながら、ゆっくり一服しています。
その狭いながらも頼もしい、我が愛車の屋根はこれからもずっと、持ち主の僕を守ってくれます。


屋根のある生活、とは親から守られているような感覚にも似ている気がします。
 
     
 
  2017.10.01   皆さんどうもお疲れさまですね。


秋深し お芋をふかして さあ食べよう


皆さん夏バテの反動は来ていませんか?
僕は近年9月はロクな事がない月なので、なるべく穏便に暮らすよう心掛けてますが、やはりモノは無くすわモノは壊すわ、モノ関係が被害甚大でした。でも言い換えてみれば、モノ達が身代わり地蔵となって災厄を引き受けてくれた、とも考えられるので、やはり感謝、ですね。

で、ようやく10月となり御物忌みからの呪縛が解けた(と勝手に解釈)のでまた英気溌剌といきたいなあ、と考え中です。
今年もあと3月。とりあえずは有終の美を飾るためにお片付けを始めたいと思います。やはり場を清めることは何事においても基本なような気がしますから。


初夏からの第3次減量計画が4ヶ月を終え、只今−5kgで何とか維持をキープです。なんかね、いろいろ解ってきました。


暇な時にストレスに晒されるとどうやら食うのを止められないようです。
あと、超腹減るとどうしても10割食いをしてしまうので、危険ですな。
それと、夜食う癖も超ヤバげ。タバコと同じでその時間帯に口が依存してしまうようです。
あとはおライスですかね。腹持ちは抜群ですが、時間帯に注意が必要です。


今回はなべ式ダイエット中間報告でした。でもまだフワフワとした何かが存在するので、経過観察します。
フワフワさんいつまでいるんだろう。
 
     
 
  2017.09.15   暑い夏が過ぎ去って、もう秋がそこまで来ています。 私の周辺では、恒例のプロバンドによる発表会も終わり、台風と共にその夏休みの情熱が、短い夢を見ていたかのように過ぎ去って行きました。

 懐かしい詩を思い出したので、今日は国語の時間です。

忘れもの 高田敏子

入道雲にのって
夏休みはいってしまった
「サヨナラ」のかわりに
素晴らしい夕立をふりまいて

けさ 空はまっさお
木々の葉の一枚一枚が
あたらしい光とあいさつをかわしている

だがキミ!夏休みよ
もう一度 もどってこないかな
忘れものをとりにさ

迷子のセミ
さびしそうな麦わら帽子
それから ぼくの耳に
くっついて離れない波の音


 皆さん、この詩覚えていますか? 僕の記憶では小5の国語の時間に、担任の先生((シクラメンの香り)をクラス会で歌って、男子が身の置き所がなくなって、とても困ったという、以前登場した女性の先生)が朗読してくれたのを覚えています。先生が強調していたのは、『だがキミ!夏休みよ』の一節です。擬人化の手法のお勉強だったかもですが、その先生が言うには、夏休みは人じゃないでしょ。でも敢えて、だがキミ!夏休みよ!と問いかけるところが、楽しかった夏休みとのお別れに対する寂しさ、を切々と訴えているこの詩のエキセントリックな所だ、ということ妙に目をキラキラさせて、仰られてました。

 僕が未だになぜそのことを覚えているかといえば、先生といえば、夏休みの宿題はキチンとしなさい!日記は毎日書きなさい!とガミガミうるさい印象だったので、先生の前で、夏休みはずっと遊んでいました、と言うことはタブーなことのように自分の中では思っていました。

 そのお堅い先生が、『夏休みは楽しいもんじゃがね、虫をとったり、海に海水浴に行ったり、いろいろみんな遊ぶがー。(遊ぶでしょ、の意)その夏休みが終わってしまったら、やっぱ寂しいがね。じゃから、もう一度夏休みに来て欲しいという、気持ちを込めて、だがキミ!夏休みよ!て、問いかけちょるとよ。』と、何度も何度も、だがキミ!夏休みよ!のくだりを楽しそうに声に出しておられました。

 先生にとっても、夏休みというものはどうやらとっても楽しいものらしいと言うことが、子供心には妙な違和感として、そして面映ゆい親近感として感じられました。

 台風の過ぎ去った真っ青な空。楽しかった夏は終わってしまいました。もうそこまで秋は来ています。
 
     
 
  2017.09.01    皆様お疲れ様です。夏の疲れが出てきていませんか。夏バテすると気力が失せますが、体重もちょっと減るという恩恵もあります。わるいこと・いい事。今回はそんなお話。

 お家にあるいろんなもの、なかなか捨てられないものもありますね〜。生活の新陳代謝という側面から見たら、巡りが良くないマイナスなことですが、少々邪魔でも役目を終えたお気に入りのものを大事に仕舞って、そして時折眺めてみては、その愛着と共に懐かしき時代に立ち返る、そんなコーヒーブレイク的な唯一無二の力も、物にはあります。魂が宿るとでも言いましょうか。

 こないだ、使用中のガラケーの同機種新古品が¥1500−で買えてとても嬉しかったので、またヤフオク病が出てしまい、つい不用意に、以前使っていた懐かしいノートパソコンの出物を勢いでポチッと落札してしまいました。

 とっても気に入ってたんですよ。ホワイトのMacbook。大きさも色も形も匂いまで、とてもお気に入り。で、その出物はほとんどキズ無し。持っていた僕のお気に入りMacは何故か急にダウンするようになったので、お役御免となったのですが、そのボロボロMacbookから見たら、これは超新品です。ナニナニ説明文によると、、、OSx10.6.3にて動作確認済み。ヨシ!液晶若干の色むらあり。この程度なら全然ヨシ!バッテリーのみ交換要。安くで別で売ってるから問題なし!

 で、ワクワクのMacbook。届きました。で、仕事から帰ってすりゃあいいものを、待ちきれずに早速OSをインストールしてみたところ。。。。。

 『RAM容量が不足しています。このコンピューターにはインストール出来ません』の表示が、、、、ガーン!!!

 動作確認済み。なん、ちゃうんか〜い!!ウラア! もういきなりどん底ですよ。今までもたまーに騙し討ち的な、微妙な勘違いしやすい表現で、バッタもんを掴まされたという、苦い経験がありますが、まさにそれ。 説明文、、、OSのインストール、修理に関しては一切サポートいたしません。ノークレーム、ノーリターン。

 きっと怒りのメールを送りつけても、のらりくらり逃げ回るんでしょう。もうその見たこともない担当・親松とかいう奴相手の、腹の立つ一問一答が、ありありとシミュレート出来て(以前もそうだった)、もう怒髪天を衝く状態です。まったくその日は1日お仕事になりませんでした。

 返す返すも腹の立つ。。。なんとか自分を慰めようと、他のオークションなら3万円とかで売られてたから、これはとても安い授業料だったと思う、とか、人を騙すというのも人間の煩悩のうちだから、目くじら立てずにここは一つおおらかな気持ちを保とう、とか、お金は天下の回りもの、いつかまた別の形で自分のもとに帰ってくる、とか、損得で納得しようとしたり、やたらブッダ的に悟りで乗り越えようとしたり、キリストになってみたり、全ての事象は人生のつかの間に過ぎぬ、という哲学的見地に立とうとしてみたり。。。  だが最終的には、ムカツく奴、出てこい!ヴラァァァァ!!になるんですなあ。そして頭の中には、50過ぎがわざわざ店に乗り込んで取っ組み合いの喧嘩をおっぱじめている図がありありと思い描かれてます。

 なので、あまりに腹がたつから、分解しました。そのメモリーとやらの状態を見てやる!もうこうなったら、バラバラにしてでも不具合の原因はコイツかー!と判明するまで調べてやる!!とモードを切り替え、新旧2台ともに解体を始めたら、なんと、古いパソコンの方のメモリーが粉を吹いているじゃあないですか。もしかしてこの接点不良がいきなり落ちる原因だったのか?

 試しにメモリーをきれいに掃除したのちスロットを入れ替えてみたら、ブワン、となんか新しく買ったMacが反応してるじゃないですか。これはもしかしていける、、かな? カタカタカタ、、、それからインストール開始が始まって、1時間半ほど固唾を飲みながら、完了のサインを待ちました。

 『インストールに成功しました』   はあ〜〜〜ッッ、一体なんだったんだ〜〜?まあでも、とにかく良かった。いや、良かったどころではない。古い macbookも好調になったから、一気に2台現役復帰じゃあないか!あらあ〜まあ〜〜!災い転じて福となす。まさにこのことだわ。。。今日ばかりは福を勝ち取った自力を褒めよう。全く一寸先は闇、ピンチの後にはチャンスあり。怒りメールを送らなくで良かった。

 まあ、良くないショップだったことは確かなので、ギリギリ厄災から身を躱せたというところですかね。幸不幸は表裏一体ですな。でも久しぶりに、他人と揉めるというありがちだけど面倒くさい感覚に一時的に身をさらしました。いや〜、人との揉め事とは、その戦いの決意に至るまで、至ってからはその下準備、実行(言論にてですよ)、全てにおいて不要なエネルギーを使いますな。改めて戦争は虚しいものであると悟りました。まあ、今回は頭の中でAパターン、Bパターン、Cパターンと戦いの想定をシミュレーションし倒して、それですっかりヘトヘトになってしまったから、気晴らしに分解したら、なぜか全てが解決、終了〜〜!という不思議な激動の1日の流れでした。でも2台パソコン復活でいい運を使い果たしたようで、体重は減りませんでしたが。
 
     
 
  2017.08.15    そうですなー。こういうことはとてもデリケートなお話でして、迂闊に足を踏み込んだら最後、お盆休み明けに暗殺される可能性が非常に高くなるのですが、半月内のトピック、一番に感動したこと、等々を掲載するというナベ日記社の方針もあり、一応は夏ということもあるので、前回に引き続きホラーシリーズということで、勇気を持って今回はこのお話にします。(そういういらんことを言うから人に嫌われるんでないの?)

 最近はみなさん、特に女性の方々、お若いですなあ。で、ちょっと関係ないですが20代の若かりし頃、アルバイトで滋賀県のニチイかどっかに行った時のこと、たくさんお買い物をしてくれたおばあちゃんに、ちょっとこの近くだから買ったものを運んでくれませんか?と言われ、二つ返事で、ああいいですよ!とお家まで持って行きました。

 確かに、坂道がちょっときつくてこの大荷物はおばあちゃんにはキツかったなー、とお家に運び込んで、ちょっとハアハアしてました。するとおばあちゃんが、何やらお財布をまさぐりだしたので、(ああ、これはお小遣いをくれようとしているなあ)とボンヤリ思っていたら、はい、お駄賃ね、となんと千円札を出してきました。もう、とってもびっくり、超びっくりして、いやいやいや、仕事ですから、いいですいいです!!と何度も何度も断ったんですが、はい、もう取っておいて!と最後には無理やり握らされました。

 おばあちゃん暮らしには千円はおっきいです。なぜ、あの時無理にでも断らなかったんだろう、とこのことは思い出すたびに、なんか胸が苦しいというか、今でも後悔しています。ア、おばあちゃんたらもしかして、の段階で、『じゃあおばあちゃん、お仕事戻るね〜、また来てね!!』と明るく素早く立ち去らなかったのだろう、と今ならそう思います。経験値が少ないから、なんだか流されちゃった感じで、そのまま受け取っちゃったけど、それが今でも苦しい後悔のタネです。素早く立ち去る、という最善策が頭に浮かばなかったんです。あー、今でもそうだがニブいなあ。。。

 ホラーではないです、この話は。以前もしたかな。この話。ホラー前のちょっとほろ苦いお話です。あのおばあちゃん長生きしてっかなあ。。。で、こっから。 ニチイに帰ったら、ちょっと恰幅のいい40代後半のおばさん(余談ですが僕の世代では、当時40代女性は格好からして実におばさんぽく見えたもんです。おばさんとしか呼びようがなかった。今の女性で言うと60代後半が、ようやく昭和当時のおばさんかなあ。でも行きつけのライブハウスの常連さんで80歳になられるお元気な女性の方がいるのですが、どうみても60歳くらいにしか見えない。さすがに80歳なのに見た目フツーのおばさん、てすごくないですか?)が、店員さんに妊婦さん用グッズを尋ねられ、お子様のおめでたですか?とにこやかに聞いた店員さんに『ウチが産むねん!』とポーンと腹を叩きながら言い放った時、僕の真横にたまたまいたおばさん店員が、驚愕のあまりお口をあんぐり開けてこっちを振り返った時が、まさしくホラーでした。

 今と違って、昔はお肌ケアは進化していなく、現在のようなプルモチ肌キープ術は、なかったようです。なので、その振り返りおばさんの、塗り込めて地肌を隠しました!大丈夫、見えないでしょ!と主張しているお化粧、、、とでもいいますか、まあその。。。ファンデが大きめの毛穴に詰まりまくって固まっているのがよく見えて、皮膚が呼吸できてない様子が伺えてなんか痛々しく、その状態で赤い紅をクワッと広げて、僕の半径30cmでゆっくりじわーっと振り返ったもんですから、すいません、お察しください。  白昼ホラーでした。

 だから、今の世の中は、女性の方が皆さん軽やかにお若いので実に住みやすい世の中になりました。でも、わたし、見てしまったんです。実はホラーがまだ健在なことを。(やめとけ)生き生きと若々しい女性の顔の下に潜むホラーを!(メイデイ!メイデイ!メイデイ!)

 まあ正直なところ、わたしノーメイクが好きでして。1〜7人目までは、メイク画像からノーメイク画像を見ると一瞬寂しく感じますが、逆にノーメイク画像から先に見ると、メイクしてない顔立ちが実に健康そうで、艶やかなメークアップ顔よりはるかに好感持てますね。 

   8人目の白雪姫以外は。。。。。。。

 https://www.buzzfeed.com/jp/bfjapan/disney-princesses-without-makeup?bfsource=bbf_jajp&utm_term=.qcB6wlMgg#.qqNwvY588
 
     
 
  2017.08.01    そうねー、こんなこと書くと本家本元の方々が、お怒りになられて大挙来られるととても困るので、あくまで私の加齢が100%原因でこうなってきた、こんなことを言ってるんだ、とモノホンの方々、お思いくださいね。


 あ、ちいとばかり怖い話かとも思われますので、気になる方!パス!してください。特に背中が気になる方、、、、、(おい!こら!)

 夏になると、ヒュ〜〜ドロドロ、夜の暑気払いに最適なのが、昔ながらの怪談ですね。私、小学生の物心がつき始めた時から、恐怖漫画家の水木しげる、楳図かずお、古賀新一、つのだじろうのファンでした。特につのだじろう作品『うしろの百太郎』第1巻に出てくる、飛び降りの話(実話らしい。 ! )を見た時、その絵画力の凄さから恐怖にすっかり取り憑かれ、『明日からどうやって生きていけばいいんだ?』と絶望に打ちひしがれた記憶があります。

 絵本の題材等は時に残酷なシーンがあるものですが、近年の過保護な親からは、そんな絵本を見た子供が、トラウマで夜寝付けなくなったじゃないか!!などと出版社にクレームを言いつけてくるそうな。

 でも、そのことについての反論として、(一時的に恐怖心を植え付けられたからといって、子供のこころの成長にはその衝撃、その恐怖こそがむしろ、悪いことをしてはいけない、命を粗末にしてはいけない、等々の生きる上での当たり前の善悪の観念、倫理感を育ててくれるのです。)みたいなことを誰かがおっしゃってました。けだし名言だなーと思いましたね。

 実際、その『うしろの百太郎』のお話も、飛び降りがあったマンションの一室で主人公が取り憑かれて、窓から身を投げそうになる、危機一髪!!て時に、ベランダのジョウロに蹴つまずいて、ハッと正気に返って命が救われる。そう仕向けたのが、ご先祖の霊である、うしろの百太郎、という筋書きでした。恐怖に中にもどことなく救いがありますね。

 かくいう私自身、そっち方面には昔っから何の感性もないのですが、高校の頃、昼間に家で午睡してて、何かの拍子にふと半分目を開けたんです。すると、目の先に見える障子の、その向こうの廊下がなぜか、とてつもなく気になって気になって。
あ、ちょっとこれはなんかヤバイかも、と起きようとしたのですが、でも身体は全く動かず反応しなかったんですよね。半分開いた目と半分覚醒した意識のみが、障子の先の廊下に潜む何かを感知して、脳に必死の警戒警報を発し続けているのですが、いかんせん身体が動かない。まあその時は若く体力もあったので、うあ〜う必死に唸りながら身体を寝返りさせ、反対側にゴロンした衝撃でなんとか脳をフル覚醒させ、ようやく起き上がった記憶があります。

 先述の、悪いことをしてはいけない、命を粗末にしてはいけない、の道徳観とは全く別でやはり、何か得体の知れないものが来る!というその恐怖は、人間の本能的な察知能力が正常に働いている所以だったのか、あるいはただの脳が作り出した妄想の産物にすぎなかったのか。今では知る由もありません。

 そんなピュアだった渡辺少年も、お化け情報にすっかり慣れてしまったここ最近。動画の中にはまあ確かに中には余り見ない方が良さげなのもあるのですが、怖い系特集とかには『これは、ヤバイですね』『これは、ぜーっってーありえんじゃろ!』『ウソ!これは酷い!バチ当たるぞ!却って失礼じゃね』などとツッコミまくりの夏の夜。これは人生を半分過ぎ、若い頃感じていた得体の知れない何か、に対する恐れというものがどこか、(まあ言っても皆さん元々は人間だからね〜、、)というおおらかなジイサン発想に変わってきたからじゃないかな、と思われます。

 実際の看護師の話で、とあるビビリの看護師なんだけれど、夜勤見回りの時、ふいに背後で声がしたらしいんですが、でもたまたま超疲れていたらしく、つい『こっちは、仕事でやってるんだから、疲れてるんだよな〜』とブツブツ文句を言ったら、それ以降声がしなくなった、という投稿を読んだことがあります。やっぱり、気を使うお方もいるんだな〜とちょっと思いましたね。

 だからと言って怖くないわけじゃないのよ! いくら暑い夏だからと言って、十分見たくないですから。今まで通りの関係でいましょうね!モノホンの方々。。えっ、それ誰って?     


  あなたの後ろから覗き込んでる方々です。   志村〜うしろ〜!!
 
     
 
  2017.07.15    皆様、こんちは。にしても、お外はあっつい🌟危険ですな。こうも暑いと、代謝促進の度を越してぶっ倒れますから、水分補給を皆様しっかりとですね。

 こないだ田舎の宮崎に帰りました。といっても今回はライブも差し迫っていたので、法事1日だけの超慌ただしい帰省でしたが。夜は9時過ぎには宮崎の街はすっかり静まり返り、街中も郊外もうっすらと人気が消え、寂しくなります。そんな静かな夜の宮崎が好きでいつも、あちこちと出歩くんですが、今回もまた、思い出の青島駅に向かいました。

 今回は特に何があったわけではないんですがね。はい。毎回、駅のベンチにボーッと座っては、彼方から聞こえてくる潮騒の音と、緑の匂いを嗅ぎながら、22:39宮崎行き、23:02油津行きの最終ディーゼル車2両編成(電化されてません)を見送るのを、なんとなくの習慣にしています。ただ、出入り自由の田舎無人駅なので、以前列車にも乗らず、ぼうと列車を眺めている我輩を車掌さんが胡散臭そうに見てたことがあり、それ以降はいかにも今知り合いが乗った風を装い、笑顔で列車に手を振ることにしています。また明日!資料忘れずに!みたいな風で。なんの演技??ま、ほとんど2.3人しか乗ってないからバレバレなんだけどね。

 でもねー、なんかご苦労さんな話なんですよね。列車て、鉄の塊の集合体ですよ。車輪だけでも1メートル弱、約1tあるそうな。超重い!1車両が総重量40t弱!!。。その重さはどこからくる?? で、それをわざわざ発動機ガーガー言わせながら動かして、田舎の山の中を夜遅くに、遠く遠くに走らせて、しかも乗る人はその時間帯はトータル10人前後(きっと)。でもダイヤが決まっているから、線路が流されないでもしない限り、毎晩毎晩、律儀に重たい鉄の塊を、えっさえっさそうして動かしているわけです。

 これが電車だったら何の苦労もなくスーッと動くので、そんなことは思わなかったでしょう。青島駅の夜の静寂を、わざわざに大層にエンジンを回して引き裂くその喧騒にも似たディーゼル音、そこに例えば50人くらいワイワイ人が乗ってたとしたら、まあやってる感も十分伝わってきますが、実質はそれに見合う人の数はどこにもないわけで、言わばほぼ誰にも見られてない、気にもされてないのに、実直に自分のやるべきことを黙々と盛大にこなしているその姿。は〜、ため息が出るくらいに、実にご苦労さんな気持ちにさせてくれるのです。

 でもふと考えてみたら、自分のやってることも実はそうなのかなと。自分が感じる苦労の割に、実は見合う人の数、何を基準にするかは自分でもわかりませんが、実際にはそうたくさんの人に利用、注目されている訳では全然なく、でもまあ、それなりに必要とされる場所があるから、そこになんとなくはまっている感じ。。ご苦労さんな一見無駄に見える40tの鉄の塊をエンジンを焚いて律儀に大移動させることにも、実はちゃんと意義があるから、いつ宮崎に帰ってもその風景に遭遇する。自身、人の活動というのもそうなのかな、と。

 なんかつらつらと取り留めのないことです。でも、40000kgが運ぶ人間500kg分。効率は悪すぎでしょう。でもそうしたいから、気動車は今夜も山の中を走っている訳で、自分もそうしたいから効率の悪い稼げない今の道を走っている訳で。まあよくわかりませんが他人様から見たら、きっと(はあ〜、ご苦労様、、、)なんでしょうね。
 
     
 
  2017.07.01   皆さんお疲れ様です。半年過ぎました。。。早いです。もう最近なんでこんなに早いのかが訳わかんないです。今年も後半、頑張って行きましょ〜〜〜う。

 夢とは良いものですね。と同時に儚い。。。なんと、宝くじ大当たりする夢見ちゃったんです!宝くじ売り場からクジの当落の用紙をいただいたところ、『アタリ』の文字が書かれてある用紙がなぜか5〜6枚連続しているのです。

 これは、、、夢か?ベタにそうまず疑いました。が、夢ではなかったです(夢なんだけど)。イヤーでも実際にこういうことはあるもんなのか???でも実際目の前で起きてるんだから、やはり現実なんだこれは。。。

 ここからは、その人の人となりが判断できる行動でした。僕の場合は、まずその『アタリ』を素直に信じず、実際の当選番号の一覧に、一枚一枚照らし合わせて、じっくりと確認作業を始めました。(世の中を信用してないんですかね)じわじわと楽しみながらね。

 でもこの作業が実に楽しい❤️ まず3等賞のくじは、何度も見返した結果、番号はちゃんと同じでした。700万円!!僕のもの!ヨシ、これは蓄えだ。でもこれで、だいぶ一息つけるなあ。長い間頑張ってきたから、こういう日もやはり来るんだナー。しみじみ思いましたね。そしてその瞬間、ちょっと世界が違って見えてきました。心の持ちようで、こうも世界は明るく見えるもんなんですね。発見でした!

 次のは、前後賞合わせて17億と銘打った今回の宝くじの、ナント前後賞でした。おーう、これは期待できるぞ!!と、賞金を見てみたところ、アレ、10万円? 前後賞って意外にちょびっとしかないのね。まあ、そう良いことばかりもないやね(諦めは潔いようです)。 

 残念に思いながら、次のはビンゴ賞、というものに当たってました。おっ、なんじゃこれは??聞いたことないぞ! いくらだいくらだ? でもこれもやはり10万円。。。そうか、お楽しみ的な当たりくじか。仕方ないね。 とりあえず最初に700万、次に10 万、そしてまた10万、いまのとこ、しめて720万か。。。まあ、こんなもんか。でも最初の700万がかなり効いてるので、要は抑えた的な気持ちの余裕で次の用紙をめくりました。

 そしたら、次は『修正クジ』というものでした。で、それがなんと、なんと夢の一等賞!オオオッ!!遂に!!  と思いましたが、でも番号が大幅に違うんですよねー???。似てはいるが。これは、一体なんだろう?よく見ると『修正クジ』の下欄に(ミステーク)と印字されていて、なんか嫌な予感が。 ただ、当落の表示は『アタリ』なので、よくわかりません。

 ん?これは、機械のミステークで何かが修正されているのか?よくわからんが、これは早めに換金するに限る。でもまだあと2.3枚あるから、それを先に片付けよう。。。

 と、その次の瞬間に、渡辺先生、譜面の書き方についてよくわかりません、と言うメールで、叩き起こされました。  目覚めたその時、、、きっと混乱と絶望とで目が虚ろに泳いでいたことでしょう。

 人生とはなんと儚いものなのでしょうか。でも生きてりゃ、なんか良いこともきっとありますわな。半年過ぎましたが、みなさん、また元気に頑張りましょうか。
 
     
 
  2017.06.15     一年もようやく半分が過ぎようとしています。そして季節の変わり目に一部の皆さんが風邪をひく。若い時分には多少の風邪は難なく跳ね返せますけれど、だんだん長引くようになってきますね〜。ちょっとしたこじらせが取り返しのつかないことになったりして、ダメージ大ですから。どうぞご注意を🌟

 先日、私同様に風邪をひいたとある生徒さんがレッスンに来られたんですが、喉をかなりやられちゃっておられまして。お声がカスカスのガラガラなかわいそうな状態だったのですが、あれなんなんですかね。

 かつて一度おじちゃん生徒さんたちに連れられて、新宿2丁目の老舗の初老のオカマさんの飲み屋に行ったことがあるのですが、そのお方の声を彷彿とさせるような、ちょっとギョッっとするようなハスキーな響き。その生徒さんと話していたら、ああ、この声でなんかいきなりキツイ決めつけるような一言(イケナイことばっかり考えてるんじゃないわよ!的な)を言われたら、というか言われてみたい、みたいな気分にさせる、そんな絶対的影響力のある高圧的要素を含むガラガラな響き。新宿2丁目。

 なんか、多分人生の修羅場をくぐったのちの声とでもいいますか、さぞさまざまな愛欲の戦いを繰り広げた後の余生の声とでも言いますか、そんなアナタだから実はボクのことなんか全てお見通し的な、そんな感じの響きのする声。不思議ですねー。日本の誇る新宿歌舞伎町の、奥深いさまざまな人生街道の修羅場の歴史に裏打ちされた、日本伝統のオカマ声。

 あのなんか不意をついてズバッと切り込んでくる真実!みたいな印象の発声法は得ですね〜〜〜!そういや20代なりたての大昔、プレイボーイかなんかの雑誌で、女性と親密になりたければ、親しくなった時に良い頃合いを見て不意にサラッと本音をついてあげるとメロメロになる、とかの貴重情報があったので、オーシ、よっしゃ!とばかりにそれを不二家のバイトだったかな、昼休みに当時密かに気に入っていた子にサラッと実践したら、虫の居所が悪かったのか、いやあれは全然そういうシチュエーションではなかったのだろうか、『なべちゃん!なんでそんなこと言うの!』とカンカンに相手を怒らせた苦い記憶がありますね。名刀も使い方を誤れば大ケガをするという良い見本です。

 こないだの生徒さんは女性だったので、オカマとのリンクはまあ失礼な話ではあるのですが、なんかそんな不思議なフォースを久しぶりに感じたひとときでした。ただ口は災いの元、喋り慣れてないと、どんなオカマ声でも修復できないような、先の20代の話みたいに大怪我をしますんで。昨日、弦の先生に『渡辺さん、昔私のスタジオの横で教えてらっしゃった?』と聞かれ『はい、当時は隣でうるさかったでしょう、すいませんでした(笑)』といくつもりが『はい、当時は隣がうるさくて、、』と間違って言ってしまい、弦の先生の表情がサッと青くなりました。弦の先生、そのままスッと行かれたので釈明の余地も何もなく、だから、是非是非この日記を見てくれていることを願うのみなのですが。。。あー、やっちまったあ。痛いです、心が。折れそうだ。ダメージ大です。。。
 
     
 
  2017.06.01   6月に入りましたが、なんか連日あっついですね〜!みなさまお元気ですか?

 女子の方はご興味ないでしょうが、昔むかし大昔、ラジカセブームっちゅうのがありました。そう、中学生だった当時の私には、ステレオとかラジカセとかメタルテープとかは、3種の神器のような、もうそれを眺めているだけで、魂を抜かれるような、そんな魔力を秘めた危険なアイテムでした。

 そう、ブームが来る最初は、ラジカセといえば大衆食堂で競馬ニュースとかを流してるような、スピーカーひとつの小さいしょぼい代物だったですが、なんか、マイク内蔵(歌えるカラオケマイクです)の機種とかが出てくるにあたって、若者(ヤングです)の間で人気が出てきました。

 そして徐々にラジカセは進化して、ついにはステレオ化! 当時は、肩にラジカセを背負って音楽を鳴らしながら歩く、みたいなのが流行にまでなりました。実際私もチャリンコの前かごにラジカセを積んで、第一線のヤングのふりをして当時流行った『ビューティフルサンデー』を大音量で流しながら(今のヤンキーと変わらん)、清武にハイキングに行ったような行かないような。でも多分実現はしていないな。そんな夢想はしてたんだろうと思います。そんな自分の構図が脳裏に残ってますから。

 そして、そんな私もついに愛機を手に入れました!ステレオラジカセ🌟日立パディスコ! 針式のレベルメーター、テープカウンター、スピーカーもちゃんとでかいのと小さいのが左右それぞれに付いとりました。2ウェイ4スピーカーとカタログでは謳っておりましたね。これを手に入れてからは、もう嬉しさのあまり、スピーカーがひとつだけしかないラジカセを見るにつけ、それらがしょぼく見えちゃって見えちゃって。ああ、スピーカーがひとつしかないなんて、ああなんて、貧相な可哀想なつまらないラジカセなんだろうと、人のなのに、余計なお世話なのに、心の底から哀れんでおりました。この優越感というものは、人として、超アブないアドレナリンですな。

 でも当時の私、こどもですから。でパディスコには更にモチロン、音質ツマミとして高音、低音が付いていて、なんと左右バランスのツマミもあったのは、超高機能!!もう、うっとりでした。まあこれは別に実際は使わないんだけどね。でもテープもちゃんとクロム対応切り替え付き。痒いとこに全て手が届く! あれはお小遣いを頑張って貯めたのだろうか、親が補助してくれたのだろうか。覚えてない。当時価格で¥44.800− すごいですね〜。高いですね〜。

 だからもう、FM曲の録音から深夜放送まで、何やらといろいろ使い倒しましたね。ただあの頃はヘッドホンというものを持っていなかったので、、、夜中に音楽を楽しむ場合は、腹ばいで寝そべってパディスコに頭をつけ、その状態で両耳の後ろに下敷きを反響板よろしく当てました。そしておもむろに布団を上にかぶせて、お気に入りの音楽テープをかけます。そうやって聞くと、下敷きに空気がちゃんと反射して震えるからでしょうか、小さい音でも、えれーてげー臨場感があるっちゃわ(宮崎の中学生の感想)。そして下から親父殿が駆け上がってきて、『順一、ウルセー!!』どやされるんですな。意外にも階下にはかなり響いていたようです。すまそん。

 そして今、またちょっと再燃しているらしいです。ラジカセ。で、当時わたしが最高に憧れていた、結局手が届かなかった木目のとても美しい高級ラジカセ。ソニーの、あの
【ステレオジルバップ】
実はパディスコより欲しかった。。。  こいつがなんと、完全レストア済みでほとんど新品状態で ¥40.000− でヤフオクに出てました。フワ〜ッと。。。。。。ポチりそうになりました、、、、、、あまりにも一瞬で、魂が懐かしい昭和に飛んでいったもので。特に要らないのに。

 やっぱり未だに危険だったわ。ラジカセ。。。
 
     
 
  2017.05.15   皆さん、pm2.5等の吹きすさぶ中、ご機嫌麗しくお過ごしですか?

 なんだかねえー、ダラーッと忙しくて、やることに追われて、月日が経つのが超早い気がします。まあ良いことなんでしょうがね。でもやはり心のどこかで癒しを求めているのでしょうか、そんな忙しい合間にふと、ああそうだ、帰ったら久しぶりにあの本見てみよう、とかユーチューブであの懐かしい映像を見てみよう、とか思いついて、そのゆったりとした時間を思い描いてウキウキするのですが、残念ながら帰る頃にはもう既に、何をそんなに楽しみにしていたのかを忘れてしまっています。 なので、強制的にユーチューブを開いてみました。今日の癒しはたまたま夜行列車の車窓の映像でした。

 カタンカタンと続く規則的な継ぎ目の音。時折ネコが鳴いているように通り過ぎる踏切の警報音。遠くのネオンがゆっくりと移動していくただただ真っ暗な車窓。うっすらと明かりが当たっている停車場の建物の隅。ガラガラの車内なのに律儀な音声案内。地方都市を結ぶ寂れた特急の映像です。

 それを見て、高校時代、サックス片手に田舎の中学校の理科の先生にガッキの吹き方を習いに行っていた頃を思い出しました。将来はサックスで生きる、と心の隅ではっきりと決意していた割には、実際には隣町のちょっとサックスが上手なおじさんに手ほどきを受けに行く的な、なんか実に中途半端なスタンスでしたが、ツテのない当時の状況ではそれでもハリキッテ毎週土曜日に宮崎から日向へ片道2時間、特急にちりんに乗って行っていました。

 そう、ちょっと楽器の上手な理科のおじさん、ですから、サックスの奏法について飛躍的な何かを伝授してくれるわけではなく、それでも今思うと、田舎ならではの親切な良いお方だったなあと、心から感謝しているのですが、まあ実際には成果は何もなく、それでも半年くらいはマメに通ったでしょうか。今考えると、わざわざそうして通いつめることに一定のやった感を感じていたんでしょう。そうして、9割の達成感と、いったいどうオレは上達したのだろうか???という、正直な疑念1割とを感じつつ、毎回帰途についていました。

 帰る頃にはもう、夜遅くです。遅くったってせいぜい8時くらいですが宮崎では、夜の帳がすっかり下りています。帰りの車窓は、そんな田舎の何もない夜の風景でしたが、九州の高校生にとってはちょっとした旅行です。サックス習得というのは口実で、ただ単に旅がしたかったのかもしれません。3〜4千円もらって乗車券を買い、残りの何百円かで肉まんあたりを買い、いや、ガマンして買わなかったかな。なんだか、いつもハラを空かせていたような記憶があるが。高校生といえど質素なもんでした。それでも、この特急の旅はとても楽しみでした。楽しみといえば、いつも帰りの列車では、佐土原駅で他の特急の通過待ちをしていたのですが、当時の佐土原駅はホームの待合所が古い木造の長椅子と同じように古い木造の屋根でした。その三角屋根に吊るされた電球の明かりが、古びた裏屋根の陰影をぼうと浮かび上がらせるのに、なんだか古い歴史の影みたいなものを感じて、いつも食い入るようにそこの裏屋根だけを眺めていたのを思い出します。

 そういや、一度お父さんと妹が同行したことがあったなあ。あれは今思うと、親のカネでいかがわしいとこに毎週遊びに行っていると疑われていたのかも。帰りの列車の中で親父殿はニコニコしていたが。でもあれは実は内心疑われていたのかなあ。子供を疑うとは、、、マアでもそれほど突飛な行動ではあったですな。
 
 というわけで、書きながら、自身でとても深く、懐かしく勝手にこころが癒されました。ありがとう。みなさんありがとう。
 
   
 
  2017.05.01   皆様お疲れ様です。5月の連休、いかがお過ごしでしょうか?花粉もそろそろ落ち着いて、ちょっと過ごしやすくなってきた気がするのは気のせいでしょうか。こんにちは、ドリーム渡辺です。

 こないだ、ちょっとパークに鉄棒があったので、久しぶりにトライしてみました。あの鉄鉄した懐かしい鉄棒の匂い。元素記号Feのニオイ!って感じですね。なんか汗と鉄イオンの混ざると匂うニオイらしいですが。皮膚から不足気味の鉄分が取れたら嬉しいなと思ったのですが。

 で、数十年ぶりにぶら下がってみたのですが、ちょっと体を揺らしただけで、なんかもう血マメが出来た〜?みたいな皮膚がズレたような圧迫ギュウギュウ感を感じました。あっれ〜?こんなになんかやりにくかったっけ、手痛かったっけ?と思ったので、試しにぶら下がったまま懸垂を試みたところ、、、

 ああっっ重い!自分の体が!なんて重いんだ!こんなに重かったっけ!??? そう、実感しました。腕力の衰えもあるでしょうが、これは中学時代、鉄棒に明け暮れていた頃に比べて、はるかに不要な荷物が増大している証拠でした。映画とかで、崖から落ちそうなシーンでなんとか這い上がる場面があったりしますが、チョー無理だ。あっという間に落ちるね。

 ですが、普段意識してなかったので、ありえない衝撃でした。膝の痛みとかは大人になった証拠として、たまに感じたりはするのですが、腕っ節はそう変化を感じなかったので、油断してました。当たり前ですが、確実に体全体が沈んできています。ヤバイヤバイヤバイ!通販で鉄棒買わないと、と思ったくらいヤバく感じました。

 はー、また課題が増えた。。懸垂強化計画。これは5月からの長期計画的目標になりました。そういえば、最近月間目標を掲げるのを忘れてましたね。3、4月が飛んだような。なんとなく何ごとにおいても質素倹約文武を奨励的な感じで行こうとはいましたが、何ごとにおいても質素倹約文句が多い的なことになってた気がします。いかんなあ。

 なので、心も体もしっかり引き締めていきたいと思います。連休終わったらね。みなさん、じゃね!
 
     
 
  2017.04.15    あー、鼻がかゆい!みなさん花粉症対策はバッチリですか。私はダメです。昔っからアレルギー症なのでまあそう悲壮感はないですが。あー、でもかゆい!!!

ずっさらしー病。これはふと置いた開封済みの封筒から始まります。私は趣味のバイクや廃墟検索、コンピューター作曲等、パソコン前でゴソゴソやる事が多いので、必然その手元範囲にいろんなものをふとポンと置く傾向にあります。

これが必要なものであればその意味はあるのですが、関係ない宗教の勧誘の封筒やら麻生区のチラシ、やずやのキャンペーンやらがなんとなく置いてある事も多く、そうなるとじゃあ私も私もと、期限切れの請求書(?早よ払わんかい)、投資信託のハガキとかも混じってきます。

それらを見るたび、いろんなのが絶えずワヤワヤと小声でしゃべっている様に思え、行政府として我慢の限界を超えたので、ついにこないだ、これらを一気に整理しました。

ただ整理整頓するだけじゃあまた、ずっさらしー病(宮崎弁でダラシナイの意)が再発するので、今回は根本から、そう、土台の机の色の塗り替えから着手しました。

もう夢の休日となりましたよ。机の塗り替えから始まって、置物になっていたレコードプレイヤーを専用の棚に移動させ、渡辺ギャルズ(なべママ、星子さん、きゃばちゃん)の写真立て専用コーナーを確立し、LPレコード棚を新調し、宗教ハガキその他関係者以外をあんた達出て行きなさい!排除し、バイク、クルマの整備書をこれまた専用棚に順に並べ(ぶふふ、むひひ)、棚裏のUSBコード、MIDIコード、配線関係をタイラップで集約、超スッキリ🌟な背面にし、そしてそして、喫煙時代からのくすみまくっていた襖を張り替えました。

いやー壁が白くなると、なんかいい運気が入ってくるような、そんな清涼感がありますね〜。お金貯まるかなあ。。。やはりこうして感じてみたところ、廃墟とかは覗くにはいいかもだが、住むにはかなり根性が必要になるかもです。

ライブ月間の隙間の春の1日。もうしばらくはこうした格安リフォーム計画でつかの間の余暇を楽しめそうです。ただねー、あー鼻がかゆい!!!みなさんハウスダスト対策はバッチリですか??
 
     
 
  2017.04.01    わたし、定期的にぜんそくのお薬をもらいに病院に行っているのですが、当たり前ですがやはり病院は老人さん多いですね。

 今のところ、彼の皆さんとは全く別世界に住んでいる感覚なのが正直なところですが、そう遠くない未来に確実にお仲間に入ることは確定しているわけですから、なんかこう感慨深いモノがあります。

 皆さんのお姿は確実に延長線上の私の姿なのです。人間年取ってきたらどこかここかガタは来るので、その様々な有り様が目の前に展開しておられる皆さまのそれぞれのお姿なわけで。順当に人生を歩んだとして、どういった形で私のガタは来るのか、どんでもないのがドカンと来てまるっきり違う人生パターンに変貌するのか、あるいは特に何もなくストレートにこのまま劣化するパターンなのか、、、ちょっとかなり気になるところです。

 老後は笑って過ごしたいじゃないですか。ある方がおっしゃられてました。 私は、どうやら無理そうです。年寄りらしくなく人生が終わる寸前まであくせくドタバタと段取りをして生活してそうです。もう現時点でてんやわんやしておりますから。

 はい、白状致します。実はですね、私今年の誕生日で、60歳になりました。ごく一部の人しか実年齢は知らないので、まだ50代と思ってくださっている方がとても多いので、罪の意識がかなりありました。でも現代では60歳はまだまだ壮年の部類みたいですから、わたしも年寄り自覚は全くないですけれど、昭和の時代なら確実に赤いちゃんちゃんこを着させられます。

 ですから毎日大変です。朝のシワ伸ばしから始まって、加齢臭を消すリキッド、白髪染めと専用のカツラの装着、特別開発された医療用老眼コンタクト、ポリデントもセール買いしなくちゃだし、これから老人会にも定期的に出席しなければならなくなりました。でも、頑張ります!!

 毎年4月1日は年度とドロボウの始まりだそうですが、私も今日これからまさに新しい人生のスタートとなりました。みなさん、これからもどうぞよろしくお願い致します。
 
     
 
  2017.03.15    昔聞いたテープ。山ほどあるのですが、それを聞くデッキが既にないがために、アナクロな保存データとして部屋の一角を大量占拠している埃をかむったテープたち。

 昔は、バイト代を貯めて安く手に入れたAIWAのカセットコンポで(ソッコー壊れていたなあ)何度も繰り返し繰り返し聞いては、音の世界、というものを堪能して、それだけで十分にリッチな気分に浸れていた幸せなスローな時代。クルマに大量の極選テープを車載してよくドライブに出掛けたもんです。

 でも今やボタンポチッで、アイポッドやらICレコーダーやらでいつでも極上の音楽を買ったり聴いたりできるようになった現代。そんな平成の世に生き残った、我が1980年式のオールドカーはそういった最新のオーディオシステム対応では当然なく、当時最新式だったオートリバースのクラリオンカセットデッキがダッシュボードのド真ん中に鎮座ましましております。

 で、このデッキ。どうもこのクルマを買った時から正体不明です。キチンと動くのか??不用意に大事なテープを入れて、もしそのままテープを巻き込んだりしたら一巻の終わり?です。なので、試しにテープ型のアダプターをブッ差したところ、案の定切り替えスイッチが勝手に右行ったり左行ったりして、明らかにぶっ壊れている模様。

 なので、バラしてみたらデスね。ドライブベルトが溶けてました。。。37年も経つとベルトが自然に溶けるのかあ。。。なので、秋葉原の電気街に出向き、替えベルトを探してはみたんですが、今度は秋葉原をもってしても、今やカセットデッキのベルトを置いているお店は軒並み閉店していました。鳴呼、時代は移ろい、我が身は路傍に置きされし身の上、、なんてね。まあネット注文でなんとか不都合なく動きそうな長さのものを入手いたしましたが。

 で、久しぶりにカセットテープを聴きながらの夜のロングドライブと相成りました。といっても、レッスン帰りに例によって無駄な遠回りをしただけですが。 いやあー、テープの音ってなんか妙に柔らかい。。今の音は、細かい音の粒を盤の上にちりばめて埋め尽くしてあるので、非常に音がクリアーなんですが反面、いい加減なところがないというか、音にだけ忠実であるが故に混ぜ物が一切ない気がします。

 比べて、テープの音は濁り酒、といったところです。いろんな雑味が入ってきて、ひどいのはたるみ切ってピッチが下がって聞こえるんですが、やはりそれでも、それがなんか心地よい。まあ程度にもよりますが。でも、音の空気に埋め尽くされた空間とでもいいますか、やはり柔らかいんですね。レコードとCDの違いみたいなもんでしょうかね。デジタルのビットで緻密に聴かせる音の粒子ではない、なんかこう当時の言葉でいうファジーな感覚が、神経の解放を程よく促してくれるような気がします。程よいスピードと心地よい音楽。ヤバイ、またクセになりそうだ。


 でも久しぶりに豊潤な体験をいたしました。無駄に時間ばかりがあって、何をやっていいのか分からず、言い知れぬ焦りに苛まれながらも、どこかいい加減に流されながら、でも無駄なようで無駄ではなかった20代の幸せな時間たちが、懐かしい息づかいとともに脳内を駆け巡っていった夜でした。

 もう3月半ばを過ぎましたね。早い早いとよく言いますが、早いのです。実際。でも数十年後に今を思うと、ああ、いい時代だった、と多分きっと思うことでしょう。だから今も殊更に捨てたもんじゃあない、と思うようにして、また明日からやってゆきたいと思います。もうすぐ春ですね。
 
     
 
  2017.03.01    ぼなはち。なんだか解りますか? 昭和ウン十年世代なら、もしかしたら、、、。今でも使うのかなあ。

 忘れ物防止のための必殺用語です。これさえ唱えれば、あら不思議!絶対に忘れはしないという魔法の言葉。そう、絶対に忘れません。帽子、名札、ハンカチ、ちり紙、に関しては。

 小学校低学年で唱えさせられた記憶があります。帽子、名札に関しては、登校時と校内での居心地の良さに関わってくるので(先生に注意される!)、重要度は高いですが、ハンカチなんか持ち歩いてたっけかなあ?ちり紙なんかもポケットなんかに入れてたら、丸まっちくなってゴロゴロなるだろうから、第一持ち歩いた記憶が一切ない。

 小学生はハナタレが多いから、いつでもハナをかめるようにとの配慮だろうがどっこい、小学生といえど、いや、しょうがくせいであるからなお、同級生の前では絶対にハナはかめないという恥じらいの事実を、文科省は把握してない。

 といいながら、調べてみたら、なんと、現代でも現役!しかも一大勢力は『なぼはち??』。うっそじゃあ?!ボナハチだい!なぼはち、てなんか食い物系みたいで腹減るんですけど。

 なぼはちのやつは、学校プリントで未だに健在で、でも知らない親も多いみたいで、かなり話題になるようで、先生もあえてそれを使って、楽しんでおるみたいなとこもあって、ある親はナボの鉢植えを持たせようとしてたみたいで。ナボの樹。知りません。

 今我々大人に必要な忘れ物防止用語はなんですかね。ケータイ(ガラな私)、財布、免許証、鍵、水筒、おやつ、、、で、やっぱちハンカチにちり紙か?

 4文字熟語にしたいので、厳選に厳選して、携帯と財布をチョイスしたら、ケ(携帯)・メ(免許証)・ハ・チ。 ケメハチかあ。僕はケメコが好きなんだー!とかいう歌があったなあ。すざまじい歌詞だったが。スマホのひとはスメハチ。ちょっと言いにくいが慣れたら使えるかも。

 財布に免許証を同梱したら、ケ・サ(財布)・ハ・チ。 免許証ない人は、ケ・カ(鍵)・ハ・チ。まあ鍵は出先で無くす率が高いのだが。

 なので、常にこれらを唱えていれば、あなたの身の回りの忘れ物はもう安心です。まあ必要に応じて単語は増やしてみてください。ちなみに私は現在ケメコーカメサイハティー(携帯・免許証・コーヒー・鍵・メガネ・財布・ハンカチ・ちり紙)ですが、ちり紙は現代風にティッシュとし、おしゃれにティーと発音してみました。そしてこれらはさらに増えてゆく可能性を秘めています。

 ちなみに公園とかにあるシーソーは、皆さんなんと言いますか? 宮崎ではギッタンバッコンなんですが。ギッコンバッタン派の人もいて、なんか鬼の首でも取ったかのように強気なんですよね?。ギッタンバッコンの方が絶対に可愛いのだが。。。
 
     
 
  2017.02.15    アイリメンバーユー。1941年の映画音楽です。タイトルだけを意訳すると、わしゃ、あんたんことぁ一生忘れへんでえ?(怨・恨)とも取れますが、まあ一般的に、『あなたを忘れたりしない』でしょうね。

 こないだライブをやるにあたって、歌詞の内容をいろいろ見てたんですけれど、この曲、風景がなかなか見えてきて、とても心豊かになれました。昔の曲は、歌詞がいいですね。

? I remember you ?
 タヒチでのことだったかな?それともナイル川だったかな?
 随分昔のこと 1時間ほどかな あなたが微笑んでいたのを思い出すわ

 あなたを忘れたりしない ちょっとしたキスで私の夢を叶えたのはあなた
 あなたを忘れたりしない 「僕も愛しているよ」と言ってくれたただひとりの人。分かっているわよね。  

 遠くに聞こえる鐘の音も、突然雨のように降ってくる星を私も覚えているわ。 

 人生が終わろうとする時、天使にわくわくした思い出を訪ねられたら、あなたとの思い出だって答えるわ。
 
 短い曲のメロディーの中に、これだけの言葉で、豊かな世界を届けてくれる。まさにスタンダードというものでしょう。音の世界は時間の経過とともに流れていく無形のものですが、ある時は心を高揚させ、あるときは深遠な別世界に導いてくれる、実に不思議なものです。あらためて、そう思います。音楽は心に響く波長、なんでしょうね。

 免許を本日更新してきました。警察署は、職業柄、一般人を疑いの目で見る人種の集まりですから、居心地は全然良くないのですが、視力検査を無事に終え、写真撮影する機械の前に座ったら、横に顔チェック用の鏡が置いてあり、付箋に女性文字で『 鏡よ、鏡。美しいあなたを映し出すのは、あなたの心』とかなんとか、わざわざ書いてありました。

 お堅い警察官、と思っていましたが、そこの担当の人は、ただ機械的に写真撮影すれば良い、という感性でなく、ちょっとでも和やかな雰囲気を作り出そうとする、さりげない心配りが出来る人であるようで、思わずニコニコしてしまいました。いいですね。こういう細やかな波長って。おかげで、自然に笑った写真が撮れたんですが、髪型も笑っちゃうような髪型だったので、これで5年過ごすのはキツイなあ?、と後悔してます(優良ゴウルド免許・えっへん!!)。
 
 そのおかげで、講習もなごやかな気分で受けたのですが、講師のおじさんがどうやら僕のなごやか光線に反応したらしく、やたらニコニコ目を合わせてくるので、うーん、あなたと幸せ波長を絡ませたくはないなあ、と思わず下を向いてしまいました。すいません。

 でも今日のことは、思い出すだけでなごやかな気分になれます。とっても有意義な休日を久しぶりに過ごしました。曲作ろうかな。

? あなたを忘れられません ?
 麻生署でのことだったかな?それとも川崎署だったかな?
 随分昔のこと 1時間ほどかな あなた(おじさん)が微笑んでいたのを思い出すわ。。。。
 
     
 
  2017.02.01    忙しくなると、脳がフリーズし始めます。そんな中での私の現実逃避は廃村探訪記を眺めては、脳内旅行を試みることです。でも色んな記事がネットでは上がっており、同好の志がとても多いことに驚きますが、中でも私の好きな(ソソル!!!!!)のは、一時的に探検記的に盛り上がった内容のではなく、淡々と職人的に廃村探訪を開覧している飾り気のないもの、そういう記事です。

・現地では常軌を逸した行動はくれぐれも謹んでください。関係者に迷惑がかかるのはもちろん、あなたの今後を不利にする恐れがあります。
・無人集落跡の探訪は時に危険が伴います。それらを訪れ負傷、罹患、死亡、物的な損失その他の被害が生じる恐れがあります。
・無人集落はかつての住民の思いが眠る場所です。あくまでも謙虚な気持ちを忘れないでください。

 このような書き出しで始まる、とあるサイト。私は仕事等に疲れた時、今この瞬間も日本の山中のどこかで野宿しながら、探訪しているかもしれない彼の記事を読んで、今の縛られた生活から一時的に心を解放することにしています。歴史、時空の旅も内包する超現実的なこの世界は、もう読むだけでクラクラします。わたしはね。

 まず冒頭に、かつての人の暮らしを訪れる際の様々な注意。もうその文言が、実にシリアス。
集落探訪に潜む危険
・建物の崩壊、、人の出入りがなくなると建物は意外なほど急速に朽ちていきます。
・転落、、、、、老朽化した建物の床の踏み抜き、古井戸など。場所によっては戻れなくなります。私は気づかず便槽に落ちたことがあります。(浅く、また中身はありませんでしたが)
・道に迷う、、、無人になって久しい集落では道が不明瞭であったり、また生活道、獣道は区別がつきづらいことがあります。私は紙テープを持参し、所々に目印をつけておきます。ビニールテープは長く残り、山林所有者、林業従事者等を惑わせるので使わない方がいいかも。
・動物に遭遇、、クマ、イノシシ、毒虫、毒蛇など。私は熊よけ鈴や毒の吸引器を持ち歩くようにしています。
・その他、、、、猟師の誤射、土砂崩れ、古い建物のアスベスト、霊など。

旅のお供
・軽トラ、、、仕事で購入しましたが安くで良いものが見つかりました(8万円)。2013年に廃車になりましたが、満身創痍ながら北は稚内から南は種子島までよく頑張ってくれました。
・軽バン、、、2013年からの新しい相棒。前回より幾分値が張りましたが(22万円)、車中泊はすこぶる快適です。
・金剛杖、、、杖としてはもちろん、草やクモの巣を払ったり、渡渉時に体を支えたり、動物を威嚇したり(まだそのような状況にはなったことはありませんが)出番は意外に多いです。棒ならなんでもいいのかもしれませんが、杖に書かれた「同行二人」に一応の意味があります。
・携帯ラジオ、、野宿では夜寝るまで何もすることがありません。天気予報を聞いたり時間をつぶしたり。


 こういった彼のインフォメには、人里から隔絶された『廃』の世界を知り尽くした人間だけが語り得る、本物の説得力があり、まさに『同行二人』的な心強さを感じます。芭蕉的な放浪の魅力とはまさにこういうことなのでしょう。そうしてその後に本編の廃村探訪記が全国津々浦々とアップされています。内容はどれも似たようなものではありますが、廃村に至る背景、流れが簡潔に紹介してあり、その廃の風景には時空を超えた思いが宿っているような気がします。写真を載せれないのが残念ですが、読んでみてみなさんはなにか感じましたか?

 忙しくなると、脳がフリーズし始めます。そういう時は、思いっきり休む、のも良いですが、なにか、爽やかななにか、を心に入れてあげるのも、潤いがゆき渡る気がします。僕のはこれ。変ですか?
 
     
 
  2017.01.15    今年の抱負は、健康プラス早起き!なんで言っていたらあっという間に2週間が過ぎてしまいました。恐ろしいです。もっとじっくりと時間を楽しみたい、という欲求が最近強まっているのですが、やはり日々の仕事の生活の中では、なんか流されてしまっている部分が多いように思います。

 なので、これからは『段取り』というものに着眼していこうかなと思います。ちなみに、2月の抱負は決まりました。2月は健康プラス貯金、ということに致します。貯金、という響き、なかなかいいですねえ〜。だけども、我慢してお金を貯める、という方式より、無理なくお金が貯まる、という形の方が楽しいし、良いように思いました。そこで、『段取り』の登場です。

 前準備、といった方がいいかもしれません。要は脳内の意識のシフトチェンジ、感じ方を変える、ということでしょうか。たとえば、明日、もう今日ですが、最低気温はー5度。出先へバイクで行こうか電車で行こうか?超悩むとこです。お金の節約といった観点からは当然バイクなんですが、このクソ寒い中、我慢してバイクで行く、となったら面白くもなんともありません。

 なので、節約、という2文字を傍らにとりあえず置いといて、頭の中に『冬バイクで都心を駆け抜ける』といったタイトルをつけて、出かけること自体をドレスアップして脳をモードチェンジしてみたら、積極的にバイクで行くといった選択を無理なくするわけです。私単純ですから。で結果、その分のお金は残ると。

 別件ですが、一昨日、白コスモちゃんがぶっ壊れました。近場の出先でオーバーヒート気味になり、息も絶え絶えで生還。ここで、あーまた修理費がかかるのかあ、と考えたら、飛んで行くお金が『もったいない』ということでしか評価できません。なので脳内をシフトチェンジして、今回はなんとか近場で症状が出てくれて無事帰着できただけでラッキー!!よく考えてみたら近くバンド新年会でこいつで長距離を走る予定だったから、遠くでエンコして最悪廃車の憂き目となるかもだったのに、最善の展開に、神様仏様ご先祖様その他助けた虫たちニャンコたちがしてくれた、と思うと、なんとか自助努力でまた無事復活できるであろう、そのわずかな苦労と出費など、実はとんでもないありがたいものであることに気がつきます。

 これは今回の健康プラス早起き!で、浮いた午前中の時間を修理に当て、午後は音楽に勤しむという時間の使い方に、ちゃんとフィットしているわけでもあり、また2月の健康プラス貯金!というモットーにも先取りリンクもしています。こういう流れは多分、正のオーラを発するという作業、ではないかと思います。

 段取り次第で、頭も軽くなり、見極めもある程度クリアーになる分、余計な漠然とした心の中の重しを一つ一つ取り去ることに繋がるのではないかと。その結果、心の免疫力がアップして明るく前に進める、という。

 ちょっとずつでも楽しく行きたいですよね。でもお外はー5度ですから、風邪、インフルエンザ、エボラ出血熱には気をつけましょうね!また2月にお会いしましょう。
 
     
 
  2017.01.01    今年も新しい年が明けました。皆様、お元気にお過ごしでしょうか?

 ずっと前、とある時に、(音楽の話なんですが)自分は何がしたいんだろう?とふと思ったことがありました。そんな考えを持つこと自体、そこには比較対象とする、追いつけ追い越せ、頑張る目標、そんな切羽詰まったものがあり、それの呪縛にいつの間にか縛られていたような気がします。きっと自分に過度の期待をしていたんでしょう。

 今年、所ジョージがビールの宣伝の大人エレベーターの中で、自分は凄い頂上にいる人間だと思うと落ち込むんであって、せいぜい自分の身の丈は5合目あたりで物販やってる程度のもんだ、そう考えれば自由なものだよ、みたいなことを言っておりました。確かに、まず自分の見極めは自分でちゃんとせにゃあ、と思いましたね。

 新年ですから、毎年新年の抱負なるものを掲げてこちらに書いているんですが、なんか最近、健康第一!!ばっかりになって代わり映えがしません。うーん、なんだろ。他になんかあるとすれば、なんだろう。一攫千金!とか?違うなあ。お客様は神様です!うーん、イマイチ。

 若い頃はエネルギーを四方八方に発散しているので、外向きな向上ネタに意識が行ってました。が、ここ最近は、ゲンキがあればなんでもできるby猪木、ではないですが、元気をキープすることは努力しないと出来ない、ということがわかってきたので、いやもうワタシ、健康であれればなんだっていいです、みたいなノリになってますねー確かに。

 なので今年は、奮発して、健康プラス、という考え方に変えることにします。ヨシ、じゃあ早速今年の抱負は、健康プラス早起き!でお願いします。うーん、でも通年通してそれじゃつまんないので、今回のはとりあえずは1月の抱負ね。健康プラス、は通年で、プラス何々の方は、月次更新、ということにしましょう。それじゃあ2月は何にしよっかなあ。お、だんだんと楽しくなってきました。

 皆さんはいい感じに抱負、決まりましたか? 今年もよろしくお願い致します。
 
     
 
   
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