ラテンアメリカ諸国は、EUの如き政治・経済社会統合、という形では、繰り返しになるが1991年12月に発足した中米統合機構(SICA)、及び2008年5月に発足した南米諸国連合(UNASUR)、に分かれる。加盟国の主権は一定の民主主義体制にある限り侵害せず、経済面ではヒトとモノの流れの自由、同一の対外関税(従って国家毎の関税自主権は無い)を目指すのが特徴だ。ただ実態面でEUとは、
- 首脳会議(欧州理事会に相当)が輪番制(EUは常設)
- 議会の構成(EUは議員が欧州全域ベース、人口割り)は、国別議員が当該国政党ベースで、議員数は各国同数
- 事務総局(欧州委員会に相当)の性格(2.5万人もの充実した行政組織のEUには遠く及ばない)
- 統合銀行の役割(EUは通貨発行までも担う中央銀行)
と大きな差異がある。
ラ米の方が使用言語はEUに比べ圧倒的に少なく、加盟国もSICA僅か7ヵ国、UNASURも12ヵ国(EUは28ヵ国)で、その分統合には有利な筈だが、EUより遥かに遅れている。どこまで近づけるか、また、SICAとUNASURの統合が有り得るのか、メキシコとキューバも加えた大統合に発展していくか、非常に興味深い。
2011年12月に発足のラテンアメリカ・カリブ共同体(CELAC。加盟33ヵ国)をも注目すべきところだが、これは実態的に統合体とは言い難い。
統合への歩みは、本来一つの国家から出発し、解体後も幾度と無く再統合への試みが成された中米が先行した。SICAについては、「中米の統合」で述べた。一方の南米の統合は、揺籃期にある。また、中米及び南米の枠を超えた統合体として、2004年12月に発足した米州ボリーバル同盟(ALBA)、及び2012年6月に創設された太平洋同盟がある。ここではUNASUR、ALBA及び太平洋同盟について述べる。
(1)南米諸国連合(UNASUR)
南米諸国の地域統合は、LAFTA(後のALADI)という自由貿易協定枠組みが前提だ。「カルタヘナ協定」(1969年5月)は勿論、それから32年を経た「アスンシオン条約」(91年3月)にしても、基本は経済統合だった。政治・社会経済面に広がる統合への必要性認識は、CAN及びメルコスルの二地域共同体で夫々に高まり、一体化に向けた動きは、二十一世紀に入ってから始まった。
年
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月
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UNASURの動き
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2000
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8月
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第一回南米サミットで「南米共同体」構想が提唱される
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2004
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12月
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第三回南米サミットで南米共同体(CNS、Comunidad de Naciones
Sudamericanas)創設の「クスコ宣言」 |
2007
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4月 |
南米エネルギーサミットで、CNCを改称し、南米諸国連合(Unión de Naciones Suramericanas、UNASUR)にすることを決める
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2008 |
5月 |
臨時サミットで連合条約締結(発効は2011年3月) |
2000年8月に提唱されたの南米共同体は、始めよりガイアナ(旧英領)及びスリナム(旧オランダ領)を加えた南米12ヵ国を構成国としていた。
2004年12月の「クスコ宣言」の段階では、CAN加盟国は全てメルコスルに準加盟し、翌年メルコスル加盟諸国全てがCANに準加盟した。
2008年の臨時サミットで南米防衛評議会設置が提起され、翌09年3月に第一回会合を持つに至っている。
UNASURのモデルもSICA同様、EUだ。人口面では後者の8割、加盟国数は半分だし、言語も4ヵ国で纏まり易さもある。経済規模は2割とは言え、面積では4倍、食糧資源は世界的宝庫と言われる。鉱物エネルギー資源もつとに知られるところだ。だが、統合体としては発展途上にある。組織として;
- 首脳評議会:最高意思決定機関。年1回の定例会合と不定期の特別会合
- 事務総局:キト(エクアドル)。事務総長は首脳会議で任命
- 南米議会:コチャバンバ(ボリビア)に常設。議員数や政党に関する中身は今後の検討事項
- 南米防衛評議会:欧米の北大西洋条約機構(NATO)とは異なり、あくまで南米諸国による軍事協力推進を目的とする。
がある。首脳評議会は定例が2008年9月の第一回から2012年11月に第六回を数え、2013年4月まで何度かの特別会合の場を持ってきた。CANの項でサミットの少なさを述べたが、UNASURのそれが置き変わっている面もあろう。
キトの事務総局が未完の段階で、2010年5月、キルチネル前アルゼンチン大統領が初代総長に就任、同年10月に死去した後の空白期間を経て、総局完成後の2011年3月、メヒーア前コロンビア外相(女性)が就任、組織として本格的に動き出す。南米議会については、2013年7月現在、未完状態にある。
SICAには在る司法裁判所は、UNASURには設立計画すら無い。併存するメルコスル及びCANの両共同体で持つ夫々の裁判所で十分なのだろう。
SICAのBCIEに相当する金融機関も無い。一方で、メルコスルの項で述べた南米銀行(Banco del Sur)を、南米諸国の公的ファイナンス機関に留まらず、南米の統一通貨の発行までさせよう、との意見がある。当然EUのECBを意識したものだが、実効性には疑問が呈せられている。
南米銀行と同じく本店をカラカスに置く開発融資銀行に、ガイアナとスリナムを除くUNASUR加盟10ヵ国が加入しているアンデス公社(CAF)があるが(他にスペイン、ポルトガルを含む8ヵ国)、これとの棲み分けも気に掛るところだ。
(2)米州ボリーバル同盟(ALBA)
夜明け(alba)に引っ掛けたALBA自体は、CAN及びメルコスル同様ALADI(キューバが、1999年、中米・カリブ諸国で唯一の加盟国となる)の枠組みによる経済統合体の一つだが、経済統合体を超えた性格が強い。上記2経済統合体やCMMAと異なり、議会や裁判所は存在しない。2013年7月現在、左派政権(別掲左派政権の国々参照)下の5ヵ国と、旧英領のドミニカ、サンヴィンセント・グラナディーン及びアンティグア・バブーダの計8ヵ国が加盟する。
年
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月
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ALBAの動き
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2004
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12月
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キューバ・ベネズエラ間人民通商協定(Tratados de comercio de los pueblos、TPC)締結。ALBAスタート
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2006
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4月
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ボリビア(この年1月、モラレス政権発足)加盟 |
2007
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2月 |
ニカラグア(この年1月、オルテガ政権復活)加盟
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2008 |
10月 |
ホンジュラス(この年1月、セラヤ政権発足)加盟(~2010年1月) |
11月 |
ALBA銀行(Banco del Alba)創設 |
2009 |
6月 |
エクアドル(コレア政権が07年1月発足)加盟 |
切っ掛けはキューバ・ベネズエラTPC(日量9.6万バレルの石油と2万人の医療スタッフ派遣などを定めた)で、加盟国個別の経済事情を前提とした通商協定の推進をうたう。米国主導で進められていた米州自由貿易圏(FTAA)構想に対抗する、として当時のフィデル・カストロ(キューバ)、チャベス(ベネズエラ)両首脳が打ち出したことから、ALBAとは「米州ボリーバル代替構想Alternativa Bolivariana para las Américas」を略したものだった。エクアドルの加盟を機に、「代替Alternativa」から「同盟Alianza」に変更、略称はそのままとした。
ここ数年、高頻度で行われているサミットを通じ、様々な政治的メッセージを送って来た。加盟国内での様々な政治課題が生じたことが反映されている面もある。ボリビア、ニカラグア、エクアドルが加盟したのは、左派政権誕生を契機にしている。ホンジュラスのセラヤ政権も、比較的に左傾化していた。彼が2009年6月のクーデターで追放された後、同国はALBAを脱退する。
ベネズエラが2008年に駐米大使召還に踏み切ったのがボリビアへの、コロンビアとの関係を冷却化させたのはエクアドルへの、またALBAとしてクーデター以降のホンジュラス政権を承認しなかったのも、全加盟国による、追放されたセラヤ前大統領への連帯を表す。つまり、政治的性格が強い。
ALBA銀行を有し、加盟国共通通貨スクレを持つが、精算勘定に特化する。エクアドルとアンティグア・ベルブーダの2ヵ国が2013年7月現在、未加入だ。
2012年2月、カラカスに事務総局を設置することが決まったが、ALBAのホームページを見る限りでは、総長名を含め活動実態が分からない。
ALBAには故チャベス・ベネズエラ大統領の存在感が付いて回る印象が強く、彼の死後、後継を任じるマドゥーロ大統領の指導力や、同国内の政治情勢によって、行方がどうなるのかは、大いに気になるところだ。
(3)太平洋同盟(Alianza del Pacífico)
中米と南米の枠を超えた経済統合体のもう一つが、太平洋同盟だ。2012年6月発足、と、最も新しい。ラ米全体の35%に相当する経済規模となるが、特徴として、加盟国が全て米国とのFTAを結んでいることを挙げておきたい。
年
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月
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太平洋同盟の動き
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2010
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11月
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ボゴタ、リマ、サンティアゴ3証券取引所が統合手続開始
2011年5月創設のラテンアメリカ統合市場(Mercado Integrado Latinoamericano、(MILA)へ
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2011 |
4月 |
太平洋同盟創設に向けた関係国首脳会合におけるリマ宣言 |
2012
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6月
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創設基本条約(Tratado Constitutivo fundacional)締結 |
2013
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5月 |
関係国の国会議長、太平洋同盟議会創設を検討するための会合
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MILAは、ボゴタ、リマ及びサンティアゴの取引所を統括する機構であり、創設されたのはリマ宣言の1ヵ月前のことだ。2014年には、これにメキシコ証券取引所(BMV)が参入することで、ラ米最大の証券市場となる。
リマ宣言は、当時のガルシア・ペルー大統領の呼掛けで集まったペルー、メキシコ、コロンビア、チリ及びパナマの首脳会合で出された。二国間でFTAを締結しており、且つ民主主義、法治の価値を共有する国で、一経済統合圏を築こう、と言うものだ。パナマはメキシコとのFTAに至っておらず、取り敢えず同国以外の四ヵ国が原加盟国となりスタートすることになった。
2012年3月の首脳会合はビデオ会議となったが、コスタリカ大統領も参加、同盟への加盟の意思を表明した。その3ヵ月後の首脳会合で、太平洋同盟創設のための基本条約が締結されている。
発足後間もなく、本部(リマ)の態勢や、今後創設する、と言う議会を含め、組織面で発展途上にあるが、域内外の日米加を含む環太平洋、及びEU諸国の関心は高い。カナダが原加盟四ヵ国とコスタリカとはFTA締結済みとして、加盟意向を示しているほどだ。なお、メキシコとチリは、経済協力開発機構(OECD。先進国クラブとさえ言われる)の、ラ米唯二のメンバーでもある。
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