十六世紀から十八世紀にかけてのラ米のスペイン植民地は下表の通り;
表1
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副王直轄領
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軍務総監領
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管掌地域
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①
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ヌエバイスパニア
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直轄
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現メキシコユカタン州以北テキサス州以西
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②
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グァテマラ
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コスタリカ~現メキシコチアパス州以北
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③
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ハバナ
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カリブ島嶼と現ベネズエラの一部
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④
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ヌエバグラナダ
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直轄
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現コロンビア、エクアドル(一部を除く)
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⑤
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カラカス
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現ベネズエラ(一部を除く)
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⑥
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ペルー
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直轄
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現ペルー及び現エクアドルの一部
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⑦
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サンティアゴ
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現チリ
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⑧
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リオデラプラタ
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直轄
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現アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ
及びボリビア
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の4つの副王直轄領及び4つの軍務総監から成っていた。いずれも「王国」の扱いだった。つまり、植民地時代に既に八つの王国ができていた。
(1)旧スペイン領:8「王国」から16ヵ国へ
別掲のラ米の独立革命を参照願いたいが、1810年5月、ブエノスアイレス市会が副王を罷免し植民地人による自治評議会を立ち上げた時には、その統治範囲はあくまでリオデラプラタ副王領全体が対象だった。
その僅か1ヵ月前、遠く離れたカラカスで市会が軍務総監を罷免していた。植民地人がその総監領の自治権を確立するためだったが、その後ボリーバル(1783-1830)は、ヌエバグラナダ副王直轄領とカラカス総監領を纏めて一つの共和国としての独立に繋げた。彼は、ラ米統合を希求した解放者として知られる。1825年までに、ハバナを除く旧7「王国」の内;
- ヌエバグラナダ副王直轄領とカラカス総監領の2「王国」は、「グランコロンビア」(ボリーバルが建国)1ヵ国
- リオデラプラタ副王領は分解して、パラグアイ、アルゼンチン、ボリビアの3ヵ国
- ヌエバイスパニア副王直轄領はメキシコ1ヵ国
- グァテマラ総監領は「中米諸州連合」1ヵ国
- ペルー副王直轄領はペルー1ヵ国
- サンティアゴ総監領はチリ1ヵ国
の8ヵ国になった。
ハバナ総監領でも独立の動きはあった。管轄下のイスパニオラ島の東3分の2、サントドミンゴがそうだが、結局、1822年にハイチに併合される。
1828年、ブラジル・アルゼンチン戦争の結果として、イギリスの調停によってウルグアイが建国された。即ち、旧リオデラプラタ副王領3ヵ国は4ヵ国に増えた。 1830年、ボリーバルが統合に心血を注いだ「グランコロンビア」はコロンビア、ベネズエラ及びエクアドルの3ヵ国に分解した。
1838年、モラサン(1792-1842)が統合に生命を掛けた「中米諸州連合」は、グァテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ及びエルサルバドルの5ヵ国に分解した。
つまり1826年までにスペインから独立した8ヵ国は、38年までに分裂によって15ヵ国へと増え、一方、サントドミンゴが44年にハイチから独立し、ドミニカ共和国となる。
1899年、漸くハバナ総監領がスペインからの独立を達成しキューバとなった。 1903年にはパナマがコロンビアから分離独立した。運河を巡る地政学上の、米国という外的要素が大きい。
以上により旧スペイン植民地の8「王国」は、18ヵ国になった。スペインから直接独立したのは9ヵ国、その後の分裂による増加数は6ヵ国、旧スペイン独立からの分離独立が1ヵ国、他からの分離独立が1ヵ国、及び、緩衝国としての建国が1ヵ国、と分かれたものだ。
(2)統合への過程
複数国の統合の始めは、やはり元々一つの国だった中米からだ。1908年に創設された司法裁判所は短期間で終わるが、1951年に共通外交を基にした中米諸国機構(ODECA)が生まれた。ただ実体としての統合体は南米同様、1990年代まで待つことになる。
現欧州連合(EU)の前身、「欧州経済共同体(EEC)」の発足から3年経った1960年、中米を除くラ米でラテンアメリカ自由貿易連合(LAFTA)発足が決まる
上記を踏まえ、ラ米統合の歩みを下表に纏める。
表2
年
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メキシコ・中米・カリブ
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南米
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1908
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中米司法裁判所創設(~1918)
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1951
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10月、中米諸国機構(ODECA)創設
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1960
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12月、右記LAFTA非参加の中米諸国が中米共同市場(MCCA)創設の「マナグア条約」締結
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2月、「モンテビデオ条約」。ラテンアメリカ自由貿易連合(LAFTA)創設(発効は翌1961年6月)
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1969
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5月、「カルタヘナ協定」アンデス共同市場(ANCOM)創設(同年10月発効)
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1980
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8月、「1980年モンテビデオ条約」。LAFTAをラテンアメリカ統合連合(ALADI)に改組(発効は翌1981年3月)
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1991
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12月、中米統合機構(SICA)発足のための「テグシガルパ議定書」調印(発効は1992年7月)
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3月、メルコスル発足のための「アスンシオン条約」(1995年1月発効)
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1992
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12月、北米自由貿易協定(NAFTA)調印(1994年1月発効)
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1994
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12月、第一回米州首脳会議(マイアミ)。FTAA(米州自由貿易地域)構想
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1996
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3月、「トルヒーヨ議定書」。ANCOMがアンデス共同体(CAN)に発展
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2004
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8月、米国・中米・ドミニカ共和国自由貿易協定(CAFTA-DR)創設(発効は2009年1月)
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12月、南米共同体(南米諸国連合
(UNASUR)前身)創設のためのクスコ宣言(UNASURとしての発効は2010年12月)
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12月、ベネズエラ・キューバ通商協定締結、ALBA(米州ボリーバル同盟)スタート
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2011
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12月、ラテンアメリカ・カリブ共同体(CELAC)創設のカラカス宣言
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2012
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6月、太平洋同盟(Alianza del Pacífico)スタート
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中米5ヵ国で構成するMCCA、同じくメキシコと南米10ヵ国のLAFTAが発足した後、ラ米は1959年のキューバ革命に刺激された左翼ゲリラ活動の激化を受け、多くの国で国情悪化に陥り、軍政時代に入る(別掲軍政時代とゲリラ戦争参照)。その中で、LAFTAの枠組みでANCOMが創設された。一方ヨーロッパでは、EECは早くも、1967年にはより成熟したEC(欧州共同体)に発展していた。
MCCAは内乱、「サッカー戦争」(別掲二十世紀の国家間戦争参照)、中米危機により機能不全に陥った。創設20年後の1980年までの自由貿易圏完成を目的としたLAFTAも足取りが遅く、南米諸国の大半が軍政下にあった同年には、完成時期を明示しない形でALADIに改組される。
MCCA参加国はパナマを加えSICA創設へと進む。ALADIの枠組みによるメルコスル創設の「アスンシオン条約」締結は、それより9ヵ月先行した。ECは92年2月締結のマーストリヒト条約により、行政、司法、立法、加えて社会面での統合を深化した欧州連合(EU)に進む。SICAはこれをモデルとした。メルコスルも、ANCOMから脱皮したCANも同様だが、最終的に両経済統合体を纏めた共同体創設に動きだしたのは2004年のことだ。その結果としてのUNASUR正式発足まで、6年も掛った。
人民通商協定(TPC)を前面に出すALBAも、ALADI(キューバも1999年、中米・カリブ諸国で唯一の加盟国となる)の枠組みの中でスタートした。実態的には政治性が強い。
ALADI加盟国のメキシコとチリ、及び非加盟国のドミニカ共和国は、地域経済統合体からははみ出た状態にあった。
メキシコが参加した米国主導のNAFTAが発効した年の12月、第一回米州サミットが開かれた際に、当時のクリントン米大統領が打ち出したのがFTAA構想だ。2005年までに米州全域を単一市場にする、という意欲的なものだったが、挫折した。ただ米国は、自由貿易圏と言う意味では、NAFTAを通じメキシコと、二国間FTAでチリ(2004年発効)、ペルー(同2009年)、コロンビア(同2011年)、パナマ(同)と、さらに中米五ヵ国及びドミニカ共和国とはCAFTA-DRで繋がっている。
ラ米地域経済統合体からははみ出て来たメキシコとチリは、「太平洋同盟」創設に参加した。これは二国間FTAを結んだ国同士で構成するが、全加盟4ヵ国が、対米FTAと言う共通項を持つ。首脳同士の会合が頻繁なのは、上記ALBAに似るが、市場としての統合の度合いを積極的に高めようと言う積極性が注目できる。なお、メキシコを除く全3ヵ国はUNASURにも加盟する。
ドミニカ共和国はCAFTA-DRに加え、2013年にはSICAにも加盟した。
参考までに、上表にラテンアメリカ・カリブ共同体(CELAC)発足を掲げた。1986年12月に発足した「リオグループ」が発展的に解散し、CELACとなった。
(3)経済統合体一覧
ラ米の独立革命から二世紀が過ぎた2013年8月段階で、旧スペイン諸国18カ国とブラジルの、ラ米十九ヵ国は、大雑把にいえば;
の3ヵ「国」とキューバの、計4ヵ「国」になった。ただ、経済統合体として見れば下表の通りに分類できる。政権との関わりは別掲政権一覧表も参照願いたい。
表3
経済統合体
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現政権
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加盟国
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備考
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NAFTA
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中道右派
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メキシコ
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全て米国とFTA
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MCCA
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右派
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コスタリカ、グァテマラ
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中道右派
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ホンジュラス
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中道左派
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エルサルバドル
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左派
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ニカラグア
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CAFTA-DR
MCCA加盟国除く
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中道
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ドミニカ共和国
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CAN
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右派
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コロンビア
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米国とFTA
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中道左派
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ペルー
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左派
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ボリビア、エクアドル
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メルコスル
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右派
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パラグアイ
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中道左派
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ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ
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左派
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ベネズエラ
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ALBA
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左派
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ベネズエラ、キューバ、ボリビア、ニカラグア、エクアドル
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キューバ以外は全て上記に重複加盟
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太平洋同盟
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右派
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コロンビア、チリ
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チリ以外は全て上記に重複加盟
米国とFTA
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中道右派
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メキシコ
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中道左派
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ペルー
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MCCA、CAN及びメルコスルはいずれもEU(欧州連合)同様、域外関税を同じくする、いわゆる関税同盟が特徴で、常設事務局、司法裁判所及び議会を持つ(MCCAのみはSICAを通じた機構。他はその経済統合体として)。
関税自主権を基本とした米国主導のNAFTAは言わば多国間の自由貿易協定
(FTA)であり、CAFTA-DRと太平洋同盟もこれに当たる。独自の司法裁判所及び議会は持たない。ドミニカ共和国とチリが、糾合された格好でもある。
ヒトの移動については、
- MCCA:コスタリカを除き、域内移動が自由。旅券は同一仕様
- メルコスル:国民の域内通行に際しビザは免除、ベネズエラを除き、発給される旅券の形式が統一
- CAN:夫々の国で発給される身分証明書を携行すれば域内旅行が可能
- 太平洋同盟:移動の自由が前提。方法論は今後の課題
となっている。
経済統合体加盟、と言う面で孤立していたキューバは、ALBAに加わった。ただ、ALADIの枠組みにある筈のALBAは、実は政治的発信度が高い。
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