植民地時代のラ米経済

GDP5.6兆j(2011年。国連)、人口5.9億人(20137月の国連推計)、資源に恵まれ工業も発展しているラ米。スペイン及びポルトガル植民地時代の末期、この広大な地域の人口は三十分の一程度だったとされる。交通網は未整備、植民地内の物流にも困難があった。
 
 ヨーロッパ人の植民は、移民自らが生産活動に関わり、開拓し、そこに定住する(例:北米、豪州)、若しくは、先住民に君臨し、彼らを使役する社会で、そこを本国から派遣される官僚組織が統治する(同、アジア、アフリカ)、のいずれかを想定できる。
前者にはあらゆる層のヨーロッパ人(以下、白人)が各人各様の機会を新天地に求めて押し寄せ、後者には支配層とその従者、軍人、聖職者、及び交易商人など、到来者は限られていた。
 ラ米は、白人にとっては、後者に分類されるべきだろう。ただ、移住者には白人に加え、アフリカ人(以下、黒人)も多かった。奴隷として使役された。その一部が自由身分を獲得し、働きながら自らの生活を新天地に確保した。白人移住者の多くは、農牧業や鉱山での肉体労働を忌避し、これを先住民や黒人、及び彼らが成した混血者に委ねた。要するに、ラ米植民は上記2つのパターンの混合、と言って良かろう。

 ともあれ植民地であるから、原産の換金商品を本国に運び、自国製品を主としたヨーロッパ製品を植民地に持ち込む植民地交易が行われた。有効需要を発生させることで、本国経済が潤い、且つ貿易並みに関税を課すことで、国庫も潤う。いわゆる重商主義経済政策だ。帆船の時代である。数千`の海上交通に耐えうる商船の積載能力にも、便数にも、また頻度上も限りがあった。交易対象は、嵩張らない高価な商品に限られた。
 新世界New World。スペイン語ではNuevo Mundo。日本では「新大陸」の呼称が一般的だが、ここでは敢えて新世界と表記する)には、ヨーロッパの食文化を変えたカカオ、新たな嗜好品として世界中に広がったタバコ、と、重要な国際商品が存在した。原産のトウモロコシ、イモ、マメ、トマトなどは、種苗がヨーロッパにももたらされた。白人が持ち込んだサトウキビで、ブラジル、後年はカリブ諸島も、世界の重要な砂糖生産地に発展した。だが、この程度では、北米と異なり、大規模な白人移住は実現しなかっただろう。
 決め手は、ヨーロッパの貨幣経済を加速させたとされる金と銀、にあったと言える。エル・ドラド(黄金郷)の夢は、白人を新世界に掻き立てた。夢が破れても、金銀の鉱山都市が築かれると、そこの有効需要、つまり市場を狙った農牧業や手工業、輸送業の起業機会ができる。ヨーロッパからは小麦、野菜、果物の種苗やウシ、ウマ、ブタ、トリの家禽類などがもたらされ、植民地でも普及した。白人は、現産の食料も好んだ。

織物産業や窯業は、先住民社会では昔からあった。彼らは、良質の木材が豊富で、小規模なりに船も造った。工具類は石器に依存し、貴金属の抽出、加工技術も習得していた。石工場では大小さまざまな建築資材も加工し、それを輸送し、大規模構造物を建設した。要するに、鉱工業や建設の技術が、白人到来以前からあった。白人は、鉄や銅などの機器をもたらした。織物や造船、貴金属鉱山開発や鋳造、食品加工や生活用品生産の新しい技術ももたらしたし、都市建設の質や中身が変わった。
 植民地域内では、生産地から消費地までの輸送は、沿海や河川では勿論船を使う。良質の木材が豊富で、造船も発達した。陸上部門はラバ(ウマとロバを掛け合わせたもの)が広く使用された。時代要件も考慮せねばならないが、全体としてはラ米植民地の経済には、活気があったようだ。

経済を見る場合、定性、定量両面の資料が欲しいところだ。各産業分野の生産及び出荷量並びに人口は、しかし、系統だった整理が極めて難しい。面積が広大過ぎて、実態の公的統計が為し得なかったことは念頭に置いて良かろう。
 先住民人口については、領土の広大さゆえにもともと把握困難、アフリカから運ばれてきた黒人奴隷の数は、様々な研究は為されているが、植民地における人口、という面では、よく分からない。前者は、白人が持ち込んだ疫病に罹患、或いは酷使により、或いは混血により急減、後者は、酷使により短命、との定性面に照準が向けられているようだ。
私が2005年に訪れたマドリードのアメリカ博物館に出ていた数字を見ると、十九世紀初頭のラ米のスペイン植民地人口は1,700万人で、白人20%、先住民44%、黒人5%、混血31%となっていた。全体人口は、冒頭の国連推計で3.9億人二十三分の一に過ぎない。ブラジルに至っては400万人、と言う数字が出ているが、これは現在の2億人の五十分の一だ。人種別では夫々22%8%52%及び18%、スペイン植民地に比べ先住民の少なさと黒人の多さが目立つ。
 
彼らが織り成していた経済活動に迫りたいところだが、このリポートも、散文的にならざるを得ず、ご容赦願いたい。


 

目次
ラ米植民地の経営
大土地所有
金と銀がもたらしたもの
ブラジルの変貌
植民地の交易・物流商品
十八世紀の植民地経済